『大日本史料』 12編 22 元和元年七月~同年九月 p.113

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り以後段々に、豐國の寶前に在諸侯の献燈數十基を、大佛殿の正面へ移, に崩取られし樣ニ承傳侍る、是とても浮たる事にや、分明の事は可追考、, 取、誠に社は狐狸の栖と荒果、凡明暦年中迄は、其形も僅に殘有之を、連々, 公を先朝の例には引難し、されはこそ神號を稱するも、天子の勅に仍て, 徒らに成し事可嘆、但中國にて、先朝の宗廟を廢する據例なとを、儒家よ, し、秀吉の五輪塔を佛殿の横にあらはにし、社内の什器は妙門主へ御引, 也、しかるを一度勅許の神號を、武家の御沙汰として被廢事は奈何、但其, り申上て爾なりや、左あれは吾朝は皇主不易なれは、異國とは換り、秀吉, 右説の如んは、大猷公の寛智、正之朝臣の良材、惜むらくは僻論に匿れて, 將又家中衆寄進ニ、石燈籠殊外多きり被申候由、九兵被申候、春日の宮なと、, 砌勅して神號を被削しにや、何れにも庸愚下賤の評するも憚なれは、學, 其節靈社破却せらるゝには非す、祭祀を停めて廢社とせられし也、夫よ, ニ閣筆、, 細川家記〕, 〓月二十三日ノ條所引武功雜記ニ見ユ, 豐國の神體は、吉田の, ○豐國社荒廢ニ關スル水野忠勝ノ説ハ, 齋場所へ收むといふ、, 四十六, 光尚三, 五, 明暦頃迄, ハ形バカ, 廢ニ委ス, 社殿ヲ荒, リ存セリ, 元和元年七月十日, 一一三

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  • 〓月二十三日ノ條所引武功雜記ニ見ユ
  • 豐國の神體は、吉田の
  • ○豐國社荒廢ニ關スル水野忠勝ノ説ハ
  • 齋場所へ收むといふ、
  • 四十六
  • 光尚三

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  • 明暦頃迄
  • ハ形バカ
  • 廢ニ委ス
  • 社殿ヲ荒
  • リ存セリ

  • 元和元年七月十日

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  • 一一三

注記 (28)

  • 1819,718,68,2128り以後段々に、豐國の寶前に在諸侯の献燈數十基を、大佛殿の正面へ移
  • 1470,722,66,2136に崩取られし樣ニ承傳侍る、是とても浮たる事にや、分明の事は可追考、
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