『大日本史料』 12編 22 元和元年七月~同年九月 p.150

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九月五日, て任意の時期に入市せらるゝ考なりと、因て吾等は、彼を出で迎ふること, に決し、彼の通過に際し、祝砲を發すべきことを我が船に命ぜり、薩摩王も, 亦皇帝の許可を得て、同じく歸國の途にありとの報あり、故に何事か近く, 聞きし所に依れば、王は既に密に當市に入りしが、明日、彼の船に歸り、而し, 九月六日, なく謝禮の爲め、英國商館に來り、尚當所の王が、皇帝との交渉に於て、すべ, あり、明日こゝに著せらるべしとの報を得たり、尚予が一人の友より、密に, 出發以來、彼を訪問せざりしが爲めなり、其時、彼は家に在らざりしが、間も, 吾等は、當所の王、既に十三リーグ以内の地に, て其望を容れられしことを語れり、, 行はるゝならんと察せらる, 予は大炊殿に、酒の小樽二個、魚二尾、乾鰹三十節を贈れり、こは國工, 〔リチヤルド・コックス日記〕一六一五年七月十五日、, 日出前約二時間の頃、奉行の若きアントニー, 國王, }, 一シテ、元和元年六月, ○上略、元和元年七, ○上略、元和元年七, ○新暦七月二十五日, ニ當ル, ○下, 三十日, 月二十三日二當ル, 月二十四日二當ル, ○下, 略, 略, 島津家久, ノ歸國, 元和元年七月十四日, 一五〇

割注

  • 一シテ、元和元年六月
  • ○上略、元和元年七
  • ○新暦七月二十五日
  • ニ當ル
  • ○下
  • 三十日
  • 月二十三日二當ル
  • 月二十四日二當ル

頭注

  • 島津家久
  • ノ歸國

  • 元和元年七月十四日

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  • 一五〇

注記 (33)

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