『大日本史料』 12編 23 元和元年十月~元和二年正月 p.38

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おくれたりといへとも、御猶豫なさるへからす、成實等是を聞、既ニ數萬人, 帶たる眞守之御刀御手自被爲取、是立割眞守ニて、伊達之御家兩腰之御寳, 爲入、今日之諫言忠誠尤ふかし、大軍ニ敵し難所存如何と被仰、景綱申上す、, 防ても、又彌増に生し來り、時至らされき盡さる物なり、其如くにて、大勢に, 數を左右し給ひなから、今更人の後に付て、辱を受給ふへきに非すと評議, 大軍ニ難敵事〓と、譬と夏生る蠅の如し、一度に數百打潰し、二度三度まて相, あり、公知しめされすき、必其難に逢給んといふ、老臣等是を聞といへとも、, 評議猶一決せす、其夜人定りて後、貞山樣竊ニ景綱宅え御忍ひ、寢所まて被, なる義にて御座候と嗟嘆して申上る、公即此忠貞を御感納遊はされ、被爲, 物也、永子孫に傳よと御意被成下置候、爰において小田原御參陣ニ相極り, 敵對し給ん事き、御運之末にて候、此機を察し給はす、御決斷なき事は、如何, に、景綱又申たるき、今殿下日を追〓武威強く〓、其勢ひ不可敵、當諺に其譬, 御出馬被遊候、此時景綱御供仕、太閤樣え御目見、御太刀目録奉獻上候、, 虎皮鞍覆四懸、御床机一脚、從太閤樣拜領仕候、, 右者田村之地え所知入之時之被下置候由傳候, 忠諫ニ從, テ秀吉二, 訪ネソノ, ヒ小田原, ニ景綱ヲ, ニ參陣シ, 政宗夜竊, 〓ス, 元和元年十月十四日, 三八

頭注

  • 忠諫ニ從
  • テ秀吉二
  • 訪ネソノ
  • ヒ小田原
  • ニ景綱ヲ
  • ニ參陣シ
  • 政宗夜竊
  • 〓ス

  • 元和元年十月十四日

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  • 三八

注記 (25)

  • 1799,634,64,2201おくれたりといへとも、御猶豫なさるへからす、成實等是を聞、既ニ數萬人
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