『大日本史料』 12編 23 元和元年十月~元和二年正月 p.229

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緑野郡之内、千石被下置、都合貳千石戌、, 二月二十七日、諸士の戰功をあら〓めらなゝのと支、近綱も加増ありて、下, 正勝等討死せしろは、近綱ひとり敵三人にあたり、鎗をましたて相たゝか, て、松平助十郎正勝、別所主水某とともに、馬をすゝめて敵陣に乘入、すてに, 隆これをすたへ聞て、番頭忠清にかたる、忠清もいまたこれらのはたらき, されて台徳院殿に拜〓し、御書院番となり、水野隼人正忠清の組に列して, 慶長十九年大坂陣のとき、め, ありしことをしらすとい〓とも、後かならす言上にをよふへしといふ、十, 三木近綱, 供奉す、元和元年乃役にもしたかひたてまつり、五月七日、天王寺表にをい, 議、右之御褒美御感状一通被成下、其上三百俵頂戴仕候、, ふ、とをに味方より齋藤左源太利政、本郷勝右衞門勝吉等援けきたるを見、, 門正信、台徳院樣御小性仕、大坂御合戰之時分、青山伯耆守手に付、落城之節, 敵引退之、凱陣のゝち、近綱敢てこの事をいはさるによりしなものなし、慶, 一番乘仕候由承候、右之目之上に鐵炮疵罷蒙候、彼疵平愈之後、被爲遂御詮, 〔寛政重修諸家譜〕, 〔譜牒餘録後編, 〔譜牒餘録後編〕〓〓九右基m番一番水野源右衞門組父柴山九右衞, 新卿番一番水野源右衞門組父柴山九右衞, 十兵, 七百四, 衞、, 十四, 衞門, 柴山九右, 柴山正信, 三木近綱, 元和元年十二月二十七日, 二二九

割注

  • 十兵
  • 七百四
  • 衞、
  • 十四
  • 衞門
  • 柴山九右

頭注

  • 柴山正信
  • 三木近綱

  • 元和元年十二月二十七日

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  • 二二九

注記 (29)

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