『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.381

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て、京師應擧の風あり、鳳井と號するも時世未詳, 小性衆ノ中ヨリ、氣ヲ付トヤカクト申テ見テモ、一圓埒明ス、年寄タル衆ノ, し置ぬ、畫圖を觀に、神祖は御馬上にあられ、御具足羽織は紫色葵の總御紋, てり、御向に存道和尚ありて、御刀拜領の體なり、下に筑陽鳳井寫の五字あ, の御槍ありて、歩從の人々は皆團扇の指物なり、又一人は齒朶の御兜を持, なり、御後には厭離穢土の四半昇、金扇の御馬標、白の昇御旗並白吹貫、虎尾, 事共思出し、其時の尊状を畫者を招て圖寫せしめ、所賜の短刀と共に襲藏, り、又二印あり、一は門〓、一は鳳井の文字、添書の文に據れば、存道の圓應に, ヨラセラレテハ猶々コハク、スグニノビ兼候ヲ、駿府ノ御城ニ御座候時、兒, 道はその後福岡圓住寺に轉住して、かの茶屋ケ原にて十念を授け奉りし, らるれば、摩利支天の如く御座候、御音聲十七八町ほど聞え候由、, 住して、此圖を作る、何れの年とする、その畫樣を考るに、全く近世の者にし, 髮太く無口也、見苦敷御男振なり、戰場或は御鷹野の時も、御釆配を取らせ, 〔岩淵夜話別集〕家康公、右ノ御手ノ指、中ブシ四ツナカラタコニ成リ、御年, 權現樣無筆同前の惡筆也、御せいちいさく、御ふとり被成、御, 〔翁草〕, この原圖の樣は、樂歳, 堂藏書の中に收む、, 五十, 八, 家康ハ惡, 家康手指, 筆肥滿見, 中節ノタ, 像ヲ畫, トノ説, 苦敷男振, カシメシ, 存道家康, 元和二年四月十七日, 三八一

割注

  • この原圖の樣は、樂歳
  • 堂藏書の中に收む、
  • 五十

頭注

  • 家康ハ惡
  • 家康手指
  • 筆肥滿見
  • 中節ノタ
  • 像ヲ畫
  • トノ説
  • 苦敷男振
  • カシメシ
  • 存道家康

  • 元和二年四月十七日

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  • 三八一

注記 (31)

  • 997,633,68,1441て、京師應擧の風あり、鳳井と號するも時世未詳
  • 289,622,76,2220小性衆ノ中ヨリ、氣ヲ付トヤカクト申テ見テモ、一圓埒明ス、年寄タル衆ノ
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