『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.495

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外迷惑仕る由ニ候、御廻米の高を減少被仰付、御當地の御藏の棟數へり, 以、諸國の御代官所より、御當地えの御通米おほく在之ゆへ、運送の御失, 成置、五百俵已上を被申置候面々の義は、知行所え遣し候家來にも事欠, も被下置也、其外大扶持方拜領の面々共ニ、其通りの御作法に在之候ラ, 相見へ申候間、向後之儀は、御藏米三四百俵取の義き、只今迄の通りニ被, 候ニ付、その御徳用の儀は、品々有之候を以、右段々を書付候な、御城にお, 墜も懸り、其うへ御藏の内に積置候間の欠米、鼠喰と申も、大分の御費に, 以、其米き悉く虫〓に成、左樣成俵にとり當りしる末々のもの共は、殊の, 候は、唯今迄の義は、御旗本衆、大身小身にかきらに、御藏米を以、物成等を, 不申義に候へは、いつれも地方知行に御直し被遊、并大扶持を被下置候, 在之候はゝ、大分の御徳用可有御座候と、御勘定方ニ於て、いつれも相考, 見可申候へ、先大躰如何樣成趣の義に候哉と、大炊殿御申ニ付、順齋被申, へ申候、其うへ御藏米おほく御座候ニ付、三四年つゝも越米と罷成候を, 衆中の義も、俵數の高を以、知行ニ御なをし、是又地方ニて被下置候如く, 頭殿え持參、是き對顏のうへ、件の書付を被差出候へは、尤此書付をも披, 知行ニ改, 伊丹康勝, 持ヲ地方, 旗本大扶, メンコト, ヲ建言ス, 元和二年四月十七日, 四九五

頭注

  • 知行ニ改
  • 伊丹康勝
  • 持ヲ地方
  • 旗本大扶
  • メンコト
  • ヲ建言ス

  • 元和二年四月十七日

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  • 四九五

注記 (23)

  • 399,699,64,2164外迷惑仕る由ニ候、御廻米の高を減少被仰付、御當地の御藏の棟數へり
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