『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.651

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内に充溢する事にはなりにん歟、今輪内と稱見するき、丸龍にして、通途の, より武官となり給ひし後、御紋をも改めさせられ、各々其祥兆により、家紋, に、公仰曰されは神君命有て、尾張家は葵の表葉二ツ、裏葉一ツ、紀伊殿は表, 輪にあらす、武將の御家、一天に昇進なし給へるの表顯、自然と具備し給へ, 御紋は皆笹輪瞳なり、此中清和、宇多、村ーの三流繁榮なし給ひたれは、文官, 異なるやうに附させ給ふへきかのよし、松平伊豆守、何となく啓せられし, 多所なるへし、凡王氏を出、源姓を賜ひ、臣に列したまへるき、嵯峨、仁明、文徳, となし給へは、御當家の葵も、定めて深きゆゑよしもおはしけむ歟、, 清和、光孝、宇多、醍醐、村上、花山、三條、後三條、順徳、後深草等ましますといへ共, こはとし、元禄、享保以後、漸く御紋諸家ともに改れも多ければ、自然と葉形輪, 御紋よりも、莖長く、葉小サく、輪内に充滿せす、實に盆の上に三葉を竝へし, 〔本光國師日記〕九一同日上賀茂岡本宮内、卯月十三日之状來、葵ヲ上ル, 文政八年二月十日, 由也, 文政八年二月十日源次春(花押), 〔鹽尻〕七十敬公の御時にや、御紋のすかた大樹と同しさまなれは、少し, 七十, 九, 社家岡本, 宮内葵ヲ, 政ル, 諸家共ニ, 家康ニ獻, 以後紋樣, 上賀茂ノ, 元祿享保, 三家ノ紋, ズ, 元和二年四月十七日, 六五一

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  • 七十

頭注

  • 社家岡本
  • 宮内葵ヲ
  • 政ル
  • 諸家共ニ
  • 家康ニ獻
  • 以後紋樣
  • 上賀茂ノ
  • 元祿享保
  • 三家ノ紋

  • 元和二年四月十七日

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  • 六五一

注記 (30)

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