『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.641

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座なる事, り遠く如此紋附有之、太郎左衞門を後風土記等に、在原信重と, 光明寺、江戸牛込光照寺は菩提所なり、右位牌の上にも、先祖よ, 往世より改變なし、然るに此家右, あれと、藤原なるへし、藤原家の中へ、新田源氏の君聟となり、其, 若酒井本多等よりさゝげしにて、初て葵を附させられなば、嫡子たる太, 郎左衞門の家にてき、外紋を附へきを、左にあ曩すして、輪藤の中の葵な, 興させたまへるの根基なり、此家の紋とする所、今藤丸の内三葵也、三州信, 家に入給へば、養實兩家合〓にて、いつとなく家紋と定め、子孫に傳へしに, 桐用るの處、御紋を憚り、始めて葛の葉に改む、, を出さば、先松平村主松平太郎左衞門は、親氏君三河國へ移らせ給ひ、御家, 嫡家太郎左衞門き病者にて、軍用に出ず、次男家葉は松平の本家なり、故, に今も帝鑑之間、諸太夫の上席、代々嫡子にても、同官の前後に拘らず、上, れは、徳川家往世より附させらるゝ所の第一の證と謂へし, 代々丸の内三ツ葉葵、, 萬世家譜云、大給松平和泉守家葉迄、, や、, 元和二年四月十七日, 親忠主次男松平, 櫻井は伺の上、各年上座とい, 加賀守葉元六代, ヘとも、大給は代々家格なり, ノ紋ハ藤, 松平太郎, 左衞門家, 丸ノ内三, 家ハ初丸, 大給松平, ノ内三ツ, 葉葵, 葵, 六四一

割注

  • 親忠主次男松平
  • 櫻井は伺の上、各年上座とい
  • 加賀守葉元六代
  • ヘとも、大給は代々家格なり

頭注

  • ノ紋ハ藤
  • 松平太郎
  • 左衞門家
  • 丸ノ内三
  • 家ハ初丸
  • 大給松平
  • ノ内三ツ
  • 葉葵

図版

  • 六四一

注記 (32)

  • 284,718,53,280座なる事
  • 1565,1011,59,1860り遠く如此紋附有之、太郎左衞門を後風土記等に、在原信重と
  • 1681,1012,59,1855光明寺、江戸牛込光照寺は菩提所なり、右位牌の上にも、先祖よ
  • 278,1862,59,1007往世より改變なし、然るに此家右
  • 1448,1019,58,1856あれと、藤原なるへし、藤原家の中へ、新田源氏の君聟となり、其
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  • 983,719,59,2151郎左衞門の家にてき、外紋を附へきを、左にあ曩すして、輪藤の中の葵な
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