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上州新田郡大光院き, きの第五と云へし、, 丸者、元來新田家之爲家紋乎、, 家へ内覽に入、此時予も縁山にて一見す、文政中彼山巡拜の時、本址を, 葵紋付の具は、予も親しく由良家にて一見す、且播州云、當家往古より紋, の爲に裂折す、其時松を伐たるに、切口, 享保年中、有徳院殿へ、右の器類等上覽にも備へしよし、又傳來の品、其外, 營中本章云、上野國新田庄、古目貫髮剃小刀之柄、葵之丸之紋有之、仍葉葵之, 所三葵、御當家に同し、當時上へ憚りて替紋を附すと、横瀬岩松にて所傳, 是又前にいへる、新田家にて附させらるの助證、第六とすべし、, も是に同し、此三家一同、往古より三葵家紋とあれば、是又御紋を證すべ, 義重君の御廟所なり、右御廟所に大松あり, 新田家の曩祖大炊助贈鎭守府將軍, 右の形ちとなれり、文化年中、此松を切、厚さ七八寸にて、江戸に持來、諸, 寛政年中、大風, 〓, 廻〓凡八尺餘, にて、中興開山は然譽上人、呑龍大和尚, 淨土宗鎭西流白旗派、十八檀林の隨一, 數百年來の大木、, 興、土井大炊介、成〓隼人正奉行之、寺領三百石、常紫衣, 往古義重君の御菩提所なり、慶長十六年、東照宮御再, 由良氏より横寒の家出たれは、同一家なり, 相傳之、始と横瀬より由良れ名乘、今は, 元和二年四月十七日, 六四三
割注
- 廻〓凡八尺餘
- にて、中興開山は然譽上人、呑龍大和尚
- 淨土宗鎭西流白旗派、十八檀林の隨一
- 數百年來の大木、
- 興、土井大炊介、成〓隼人正奉行之、寺領三百石、常紫衣
- 往古義重君の御菩提所なり、慶長十六年、東照宮御再
- 由良氏より横寒の家出たれは、同一家なり
- 相傳之、始と横瀬より由良れ名乘、今は
図版
- 元和二年四月十七日
柱
- 六四三
注記 (26)
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