『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.113

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と被爲聞、濱松御在城の比より、御目をかけさせら〓、駿府へ御移之頃は、を, へ御奉公に御出被成候、それより御前ちかく、何かの事御申上候を、氣にも, 御親父の代より御おとろへ候つる由、はやふさの鷹かひ上手にて、家康樣, ニナラレシ事、大久保相模殿ヲサヽエラレシ事、弟安房守人ヲ打テ退シヲ, 加賀へ遣シタル事、, 〔聞見集〕坤本田佐渡殿、若名は彌八郎殿、生國三河、一城の主にて候へ共、, 〔武功雜記〕十七本多佐渡殿三ケ條ノアヤマリ、一向宗ニ荷擔シテ御敵, ヨけへ孫とるこき給申め仰例と, クむけのせやろ也ふせ物らの仰, ヲ納レシヲ、正純ニ, 諫それ絶しうンと御しかれうら, 語ルコト二カヽル、, のゝち所領多くたひしか、はたして其家たへぬ、○下略、正信、家康ガヨク諫, ガり候子ん入としせかゝとにや, 〓らん事をおほしめさは、嫡男上野介か所領、今のまゝにてこそ候へけい, 〓らそくかにるめさ信か守しふ, トシ所を事相シゝてて〓とひり信申, て申野奉ゝ證とまは年て大ハれ, かならすあたへ給ふへからすと申せし、いかに思ふところやありけむ、そ, 仰ありて、うちに入らせ給ひし也といひし也それを今世に傳るところハ, 止信にゝもすれハ、古をひき。今を證とし、理義をわかつて、毫末に入るや, にいふハ、皆後の辯をこのむものゝそら事にや、又正信の死しなんとせし, 氣色にて御使仰かうふりし人に、まりけふは御使をは參らせましき也と, 時に、大相國家に申せしハ、正信か奉公の勞をわすれ給はて、長く子孫の〓, pならすあたへ給ふへからすと申せし、いかに思ふところやありけむ、そ, 事をハ、わすれ給ふなと申せしかは、大御所ハしはらく案し出させ給ふ御, のゝち所領多くたひしか、はたして其家たへぬ、○下略、正信、家康ガヨク諫, さらん事をおふしめさは、嫡男上野介か所領、今のまゝにてこそ候へけれ, ふるとみえしか、大殿よ、大殿幾年の前に、伏見の御舘にて、正信か申せし, し末傳せ出正を渡りも, ヲ納レシヲ、正純ニ, 條ノアヤ, 正信三ケ, シテ正純, 増ナカラ, ノ所領加, 正信遺言, 正信ハモ, ト鷹匠, マリ, ンコトヲ, 請フ, 元和二年六月七日, 一一三

割注

  • 仰ありて、うちに入らせ給ひし也といひし也それを今世に傳るところハ
  • 止信にゝもすれハ、古をひき。今を證とし、理義をわかつて、毫末に入るや
  • にいふハ、皆後の辯をこのむものゝそら事にや、又正信の死しなんとせし
  • 氣色にて御使仰かうふりし人に、まりけふは御使をは參らせましき也と
  • 時に、大相國家に申せしハ、正信か奉公の勞をわすれ給はて、長く子孫の〓
  • pならすあたへ給ふへからすと申せし、いかに思ふところやありけむ、そ
  • 事をハ、わすれ給ふなと申せしかは、大御所ハしはらく案し出させ給ふ御
  • のゝち所領多くたひしか、はたして其家たへぬ、○下略、正信、家康ガヨク諫
  • さらん事をおふしめさは、嫡男上野介か所領、今のまゝにてこそ候へけれ
  • ふるとみえしか、大殿よ、大殿幾年の前に、伏見の御舘にて、正信か申せし
  • し末傳せ出正を渡りも
  • ヲ納レシヲ、正純ニ

頭注

  • 條ノアヤ
  • 正信三ケ
  • シテ正純
  • 増ナカラ
  • ノ所領加
  • 正信遺言
  • 正信ハモ
  • ト鷹匠
  • マリ
  • ンコトヲ
  • 請フ

  • 元和二年六月七日

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  • 一一三

注記 (44)

  • 309,624,67,2215と被爲聞、濱松御在城の比より、御目をかけさせら〓、駿府へ御移之頃は、を
  • 428,635,67,2204へ御奉公に御出被成候、それより御前ちかく、何かの事御申上候を、氣にも
  • 541,619,69,2226御親父の代より御おとろへ候つる由、はやふさの鷹かひ上手にて、家康樣
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  • 1231,2653,791,50ヨけへ孫とるこき給申め仰例と
  • 1224,2723,796,52クむけのせやろ也ふせ物らの仰
  • 1161,641,47,541ヲ納レシヲ、正純ニ
  • 1217,2795,808,53諫それ絶しうンと御しかれうら
  • 1122,635,39,552語ルコト二カヽル、
  • 1226,638,52,2202のゝち所領多くたひしか、はたして其家たへぬ、○下略、正信、家康ガヨク諫
  • 1219,2577,811,51ガり候子ん入としせかゝとにや
  • 1343,657,49,2169〓らん事をおほしめさは、嫡男上野介か所領、今のまゝにてこそ候へけい
  • 1260,2516,773,47〓らそくかにるめさ信か守しふ
  • 1134,850,900,56トシ所を事相シゝてて〓とひり信申
  • 1226,1645,808,56て申野奉ゝ證とまは年て大ハれ
  • 1272,648,50,2191かならすあたへ給ふへからすと申せし、いかに思ふところやありけむ、そ
  • 1581,647,46,2205仰ありて、うちに入らせ給ひし也といひし也それを今世に傳るところハ
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  • 1271,646,49,2192pならすあたへ給ふへからすと申せし、いかに思ふところやありけむ、そ
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  • 1226,619,52,2228のゝち所領多くたひしか、はたして其家たへぬ、○下略、正信、家康ガヨク諫
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  • 1457,2446,555,45し末傳せ出正を渡りも
  • 1161,642,47,537ヲ納レシヲ、正純ニ
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  • 1055,267,43,165正信三ケ
  • 1411,276,39,164シテ正純
  • 1324,264,38,173増ナカラ
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  • 1454,268,44,172正信遺言
  • 572,261,40,164正信ハモ
  • 527,264,41,123ト鷹匠
  • 973,273,29,73マリ
  • 1282,274,35,159ンコトヲ
  • 1234,266,41,76請フ
  • 216,705,47,347元和二年六月七日
  • 209,2443,46,113一一三

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