『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.356

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密事共をもふし上候段、忠義乃者とありて、切支丹の目明しに被成たる, 也、又當地諸國渡唐船之儀御吟味あり、今年ゟ元和年中に、多くは御奉書, 豐後乃田原沼忍の一家にして、則田原源藏といひし者也と懺悔して、〓, は前非を改メ、天下の人の爲に、一々白状可致事あり、公儀にて可申上と, を流し合掌して阿彌陀の影像を拜す、今にその像正覺寺こ在し、此上こ, いふにより、道知其夜政所に行て、此由一々言上す、依て被爲召呼、天下の, かや、扨即時に轉ふといへり、當寺こて轉ひの始也、此森都か曰、我等本國, 年當地の人々去年改メあるといへとも轉はす、今年改メ轉ひて、何れも, 御奉書頂戴す、是則台徳公御代也、此時寺方戸帳始るゝ也、寺方も此節は, 足銀生、此年に下りて、正覺寺境内今新橋の上、薄原といふ所に寺の有處, 數刻を移し、忽ニ日本神道佛道の正法を聞て、あつといふ聲家内闇きと, 十ケ寺餘建立也、當地内町外町惣數貳万四千六百九十三人有と、古帳こ, といへり、扨正覺寺に褒美乃御奉書被下候儀は、別記に記す故略し、又此, は京大坂境其外諸國の者共、自由に來り集る時節なれは、日々夜々に不, 被下、其外異國え渡しをる樣に被仰付、此頃ゟ飛乘といふ事有て、其渡唐, 元和二年八月八日, 吟味, 森都改宗, 宗門帳ノ, 渡唐船ノ, 飛乘, 起源, ス, 三五六

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  • 吟味
  • 森都改宗
  • 宗門帳ノ
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  • 三五六

注記 (24)

  • 1108,707,75,2143密事共をもふし上候段、忠義乃者とありて、切支丹の目明しに被成たる
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