『大日本史料』 2編 21 万寿元年12月~2年7月 p.260

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所藏の實録なれは、尤疑へきにあらす、, 之、その乳展轉して爲醍醐味と、其牛乳を將來して護摩の時に用たり、至て大切のもの, 町と號し、關清水町とよふ處あるを以て、是をかんかふへし、, 亡して、其處地さへをも知人なくて、あられもなき寺を關寺の舊跡なんといふも、恨へ, 蘇を用ゆ、蘇は酥なり、牛乳なり、彼天竺國雪山に草あり、肥膩草と名つく、白牛食, ふ、或は迦葉佛化現の靈牛の塔にはあらす、是牛乳塔といふものなり、今釋氏の護摩に, は、縁記及寺門補録の説と合へり、古昔はかくのことく大地なりしに、何れの年にや廢, こと明し、此邊より彌勒谷と云舊地なり、此牛塔といふは、今在ところを以て考ふれ, 牛塔今關寺の後近松寺の山つゝきにあり、今は竹林之中なり、牛塔のこと前にいひの, きの事ともなり、寺門補録にしるせるを以て今得たり、寺門傳記補録は、三井寺の唐院, 拾芥抄曰、, なるゆへ、金難の香合に入し、此塔中に納、因て靈牛乳塔といふ、往古關寺繁榮の時成, 寺門傳記補録曰、, 〓是等の説を見るときは、いよ〳〵以て、今の小坂といふ町のうしろなる, ○中, 略, ○中, 略, 牛塔ハ靈牛, 乳塔トノ説, 萬壽二年五月十六日, 二六〇

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  • ○中

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  • 牛塔ハ靈牛
  • 乳塔トノ説

  • 萬壽二年五月十六日

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  • 二六〇

注記 (22)

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