『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 4 p.286

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

津島の下、その事實を載るもの詳なり、, によらは、待乳山に角田川を讀そへたるは紀伊の名所なる事うたかひなしと、按るに、, 所の書を載、又延元年中の綸旨一通、大塔宮の令旨數通、官府宣、御教書有之といへり、, とも、袖中抄・藻鹽草に據て一所に定む、又滿願寺の下、鳥羽法皇御容およひ御太刀, この地名並に駿河にもあり、武藏にもあり、然れともまつちいほさきは當國を本とする, ものよりところあるに似たり、たゝ角田川とはかりは下總の間と伊勢物語に證あれは、, 州の加太浦より葛城山のつゝきなる故、所々に山伏行所多しとてその大略を載、また玉, 郡、形見浦に起禪定寺に終、葛城山の下には、葛城山は大和の名所なりといへとも、紀, 山夕こえ行てといふ古歌を擧て、其注に、いほさきの角田川原は紀伊國也といふ、此説, もとより論なしといふへし、那賀郡粉川寺の下、正暦二年太政官府より紀伊國司に下す, 崇徳院宸翰等什寶にあるよしを記す、又紀三井寺の下にその縁起の全文を載たり、海部, 名草郡、疫神社に起紀海に終、紀關の下、紀關と白鳥關と各別のやうに諸書には載たれ, 所とす、去なから角田川に待乳山をよみそへたるは紀州の名所なるへし、仙覺抄に待乳, 第三卷, 第二卷, 粉川寺所藏ノ, 紀三井寺縁起, 文書, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十, 二八六

頭注

  • 粉川寺所藏ノ
  • 紀三井寺縁起
  • 文書

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十

ノンブル

  • 二八六

注記 (20)

  • 252,708,63,1003津島の下、その事實を載るもの詳なり、
  • 1519,704,74,2215によらは、待乳山に角田川を讀そへたるは紀伊の名所なる事うたかひなしと、按るに、
  • 1061,701,74,2268所の書を載、又延元年中の綸旨一通、大塔宮の令旨數通、官府宣、御教書有之といへり、
  • 713,707,73,2218とも、袖中抄・藻鹽草に據て一所に定む、又滿願寺の下、鳥羽法皇御容およひ御太刀
  • 1405,703,74,2245この地名並に駿河にもあり、武藏にもあり、然れともまつちいほさきは當國を本とする
  • 1294,703,70,2215ものよりところあるに似たり、たゝ角田川とはかりは下總の間と伊勢物語に證あれは、
  • 368,707,76,2248州の加太浦より葛城山のつゝきなる故、所々に山伏行所多しとてその大略を載、また玉
  • 483,708,74,2253郡、形見浦に起禪定寺に終、葛城山の下には、葛城山は大和の名所なりといへとも、紀
  • 1633,704,73,2247山夕こえ行てといふ古歌を擧て、其注に、いほさきの角田川原は紀伊國也といふ、此説
  • 1179,704,70,2250もとより論なしといふへし、那賀郡粉川寺の下、正暦二年太政官府より紀伊國司に下す
  • 598,703,73,2257崇徳院宸翰等什寶にあるよしを記す、又紀三井寺の下にその縁起の全文を載たり、海部
  • 825,701,75,2247名草郡、疫神社に起紀海に終、紀關の下、紀關と白鳥關と各別のやうに諸書には載たれ
  • 1748,695,73,2254所とす、去なから角田川に待乳山をよみそへたるは紀州の名所なるへし、仙覺抄に待乳
  • 133,886,54,167第三卷
  • 942,877,53,166第二卷
  • 1200,313,39,254粉川寺所藏ノ
  • 600,317,40,262紀三井寺縁起
  • 1156,316,38,79文書
  • 1885,817,46,652編脩地誌備用典籍解題卷之二十
  • 1901,2420,39,117二八六

類似アイテム