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幸にしてまた相州三浦に遊歴す、これその時の紀行なり、, 甲斐路にかゝりて家に歸る、凡十月餘、その四月餘は難波に在り、三月は都にあり、十, 第二卷, 勝景を眺望し、奇觀を巡覽して、およそ事にふれ見聞にまかせて往々吟詠し、和歌若干, 首を載せたり、また三浦紀行有、此記は正恭愁の事ありて家にありしか、一日正恭知己, 著し、四月餘こゝに滯留し、そのうちまた京・大和に遊歴し、それより古都に歸るさ、, ゝまる、, 六曰は大和路をめくり、十二日は東海道を登り、二十三日は甲斐路を歸る、その曰々經, に見ゆ、此記は正恭寛政四年難波に遊歴せし時の紀行にして、まつ東海道を登り難波に, るをもきゝつれは、さき〳〵も伴ひ行へきなと契りし事もあるよしにて、すなはちよき, 歴する所の事とも巨細となく是を記して、神社佛閣はいふにおよはす、名所古跡を尋ね、, 人相州三浦のものとひ來り、いとめつらしくかたろふに、かねてかしこの山水の勝れた, 東海道日記と題す、寛政四年師走十七日東都を發するに起り、廿九曰難波に著するにと, 津村正恭撰、正恭けたし東都の人なり、また名を淙菴とあらたむ、寛政六年源和鼎か序, 第一卷, 成島和鼎序, 寛政四年難波, 津村正恭撰, 遊歴ノ紀行, 東海道日記, 遊紀第三, 三〇一
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- 成島和鼎序
- 寛政四年難波
- 津村正恭撰
- 遊歴ノ紀行
- 東海道日記
柱
- 遊紀第三
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- 三〇一
注記 (22)
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