『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 6 p.56

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土の事を傳聞する所虚誕妄説ある事、朝鮮にて兩都と稱するものは京畿道の王城と、慶, き事なと、對州の一艸老人より傳聞する所をしるすよし、, して諸氏窮之し、遂にいやしき國となる事、凡宮室衣服の類大むね朴素にして華飾なら, 擧け、下段に朝鮮國號の原始、豐太閤攻伐せし時大潰敗に及ひてより、國土曰々に困耗, 〓抹なる事は都城繁華の地といへとも、日本の在町に及はさる事、乞食非人の類絶てな, さる事、且彼國作れる諺文といへる文字をのす、次に本朝へ來聘の年月、正使・副使, 城郡に移し、自から王位に就き、名を旦とあらため、國を朝鮮と稱すといふ、それより, 尚道の晉州とをいへる事、通用錢の事、人物身體長大にして性質魯鈍なる事、また家居, 穆宗昭敬王〓にいたるまて凡十四主、兩氏の世系を合せて四十七主、一主ことに皇和, かに四年、其臣李成桂、威望盛に中外心を歸し、明洪武二十五年七月、遂に恭讓王を杆, の年時、唐山の年時を上段に配記し、續て新羅・百濟・高麗三韓の始祖・世系の大略を, 從事の名をしるし、慶長十二年丁未十二月國王李昭の時はしめて來聘するより、寶暦十, り、恭讓王瑤に至るまて凡三十三主、合共に四百七十五年、恭讓王にいたりて在位わつ, 山川・屬國・屬嶋に至るまてを圖し、各著色あり、世表は高麗王氏太祖神聖王王建に起, 三年辛未十一月國王李吟の代來聘するにいたるまて凡十一回をしるせり、次に世俗かの, 編脩地誌備用典籍解題巻之二十七, 五六

  • 編脩地誌備用典籍解題巻之二十七

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  • 五六

注記 (17)

  • 495,710,61,2254土の事を傳聞する所虚誕妄説ある事、朝鮮にて兩都と稱するものは京畿道の王城と、慶
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