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らく、拾芥抄に、關寺は日本三大佛の其一寺にて、丈六の彌勒ありしと載侍り、もし, 寺の境まては、關寺の門前を左に見て、京より松本及ひ東にゆきたるとみゆ、いま關寺, 關寺なるへし、かるかゆへに、今の町の名あると見へたり、上の關明神の社より、近松, といふは往還路の傍なる小寺なり、臣一日關寺の地をみんために、件の地に巡覽す、逢, 地にあらさるものを、今土俗の關寺なりといふ事は、阿彌陀堂とて、はるかに後代の草, や縁記なとこれなきやといへは、寺僧かつて知らさるよしをいへり、ことはりかな、其, 堂なり、思ふに往古の關寺は、今の上關寺町・中關寺町・下關寺町より、西の山悉く是, 關寺或は世喜寺につくる、今土俗にいへる處の關寺のことにはあらす、今土俗の關寺, 坂、今の往還路の傍なる小寺なり、よつて寺號をとへは關寺といふ、臣寺僧に問て謂, 日始行、本尊、拾芥抄曰、日本三大佛者、南都東大寺大佛、河州智識寺大佛、, 牛塔、或記曰、牛堂石塔、胴五尺、方圓笠口徑八尺云云、, 額作世喜寺、法會、十卷書第三曰、世喜寺龍華會、後白河院保元三年戊寅四月十八, 〔近江國輿地志略〕, 近州關寺大佛、, 在志, 賀郡、, 志賀郡三, 今號太, 大縣, 平寺、, 八, 郡, 關寺ノ舊跡, 萬壽二年五月十六日, 二五九
割注
- 在志
- 賀郡、
- 志賀郡三
- 今號太
- 大縣
- 平寺、
- 八
- 郡
頭注
- 關寺ノ舊跡
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- 萬壽二年五月十六日
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- 二五九
注記 (25)
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