『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.380

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の武庫なりき、, り、福音は絶えず秘密に弘布せられたり、, 享け、教會創始時代の信徒に似ることを得たり、墮落者も再び起ちて悔い, 教に背ける君ドン・ミゲリルに屬せり、伴天連オルフアネルも亦右諸國及, 此等の神僕は、常に努力して休まず、教徒等は聖餐の泉より、大なる恩惠を, 者を慰問し、更に蝦夷の地に入れり、, 同じ頃耶蘇會の伴天連デ・アンゼリスは、帝國の極北に赴きて津輕の配流, び肥前、筑後、筑前及び豐前に赴けり、, 改め、神聖なる會衆は増加し、其集會の主なる目的は、教に殉ずる迄、耶蘇基, 關東に居りし耶蘇會の伴天連の内一人は、備後、備前、美作、播磨、及び讚岐、又, 督を奉ずるため、信仰を固うするにありき、至聖なる處女を庇護者と仰ぎ, 長崎の隣國たる平戸、五島、薩摩、及び殊に有馬、大村の地方には、宣教師によ, ドミニコ派の師ホセフ・デ・サン・ハシントは、豐後及び日向を巡囘し、日向は, 他の一人は、安藝、周防、長門、及び伊豫を巡歴せり、廣島は實に彼等の精神上, 元和二年八月八日, 原註、彼は日向に於て、ドン・ミゲルの叔, 父ジヨアン・トクエン、及び古賀のダ, アンニ迎へられたり、ダミアンは、一六一三年信仰, 弱りしが、然も尚ほ領地を沒收せられたるが如し、, 中國四國, ニ於ケル, 布教, 九州ニ於, ケル布教, ぜりす蝦, 夷ニ入ル, で・あん, 元和二年八月八日, 三八〇

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  • 原註、彼は日向に於て、ドン・ミゲルの叔
  • 父ジヨアン・トクエン、及び古賀のダ
  • アンニ迎へられたり、ダミアンは、一六一三年信仰
  • 弱りしが、然も尚ほ領地を沒收せられたるが如し、

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  • 中國四國
  • ニ於ケル
  • 布教
  • 九州ニ於
  • ケル布教
  • ぜりす蝦
  • 夷ニ入ル
  • で・あん

  • 元和二年八月八日

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  • 三八〇

注記 (29)

  • 1345,653,57,421の武庫なりき、
  • 641,645,60,1219り、福音は絶えず秘密に弘布せられたり、
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  • 1697,645,58,1074者を慰問し、更に蝦夷の地に入れり、
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  • 993,649,59,1079び肥前、筑後、筑前及び豐前に赴けり、
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