『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.3

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

して沈靜したり、, なく止みぬ、或者は三回震動ありしと云ひしが、予はたゞ之を感ぜしこと, 十四日、, 頭髮に似たる長毛を降らせり、こは太閤樣薨去より、二年以前に起りしこ, 暫時にして止み、たゞ一回の大震動ありしのみ、, 三十一日、, 存せしもの一もなかりき、之と同時に近傍の山嶽は中腹より崩れ、人間の, 三回に及べり、殊に午後五時頃に著しく、家屋の震動も夥しかりしが、過日, の如く激しからず、又時間も長からざりき、之に次ぎ、夜半之と同樣なる地, とゝす、而して地震は、日本人に依て、非常の災害と考へられたり、且彼等の, 此日地震の餘波を感ずること二, 凡そ二十二年前、豐後國にて地震あり、住家四千戸の某市は、海に沈みて、生, りき、地震は、最初徐々として起り、中間に至つて激烈を加へ、斯くて徐々と, 九月四日、, 言に依れば、關東地方は、日本各地に比して、地震の起り易き地なりと言ふ, 夜半過二時頃、地震起れり、されども間も, 震再び起りぬ、, 此日午後四時頃又地震起れり、されども, ○新暦十四日ニシテ、元, 和二年八月四日ニ當ル, ○新暦九月十日ニシテ、元和二, 年七月二十九日ニ當ル、中略, ○新暦二十四日ニシテ、元, 和二年八月十四日ニ當ル, 陷沒ス, 市海中, 地震多シ, 關東ニハ, 文祿四年, 豐後ノ, 元和二年雜載, 三

割注

  • ○新暦十四日ニシテ、元
  • 和二年八月四日ニ當ル
  • ○新暦九月十日ニシテ、元和二
  • 年七月二十九日ニ當ル、中略
  • ○新暦二十四日ニシテ、元
  • 和二年八月十四日ニ當ル

頭注

  • 陷沒ス
  • 市海中
  • 地震多シ
  • 關東ニハ
  • 文祿四年
  • 豐後ノ

  • 元和二年雜載

ノンブル

注記 (32)

  • 1809,653,58,500して沈靜したり、
  • 294,646,69,2221なく止みぬ、或者は三回震動ありしと云ひしが、予はたゞ之を感ぜしこと
  • 426,650,55,209十四日、
  • 1453,651,72,2214頭髮に似たる長毛を降らせり、こは太閤樣薨去より、二年以前に起りしこ
  • 533,649,66,1455暫時にして止み、たゞ一回の大震動ありしのみ、
  • 1121,652,57,279三十一日、
  • 1566,651,73,2218存せしもの一もなかりき、之と同時に近傍の山嶽は中腹より崩れ、人間の
  • 989,644,73,2221三回に及べり、殊に午後五時頃に著しく、家屋の震動も夥しかりしが、過日
  • 873,651,73,2215の如く激しからず、又時間も長からざりき、之に次ぎ、夜半之と同樣なる地
  • 1337,652,71,2220とゝす、而して地震は、日本人に依て、非常の災害と考へられたり、且彼等の
  • 1107,1879,59,985此日地震の餘波を感ずること二
  • 1679,652,73,2223凡そ二十二年前、豐後國にて地震あり、住家四千戸の某市は、海に沈みて、生
  • 1910,654,70,2224りき、地震は、最初徐々として起り、中間に至つて激烈を加へ、斯くて徐々と
  • 659,648,54,284九月四日、
  • 1224,652,71,2230言に依れば、關東地方は、日本各地に比して、地震の起り易き地なりと言ふ
  • 412,1657,62,1208夜半過二時頃、地震起れり、されども間も
  • 772,648,58,431震再び起りぬ、
  • 644,1659,63,1205此日午後四時頃又地震起れり、されども
  • 681,946,46,684○新暦十四日ニシテ、元
  • 639,947,42,670和二年八月四日ニ當ル
  • 1141,943,49,911○新暦九月十日ニシテ、元和二
  • 1099,948,46,829年七月二十九日ニ當ル、中略
  • 447,868,49,762○新暦二十四日ニシテ、元
  • 405,874,45,753和二年八月十四日ニ當ル
  • 1636,292,40,118陷沒ス
  • 1680,291,40,137市海中
  • 1211,286,41,164地震多シ
  • 1259,287,40,162關東ニハ
  • 1767,293,42,170文祿四年
  • 1723,291,41,128豐後ノ
  • 202,733,49,253元和二年雜載
  • 194,2493,45,40

類似アイテム