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風が日中の大部分に亘って吹いた。しかも日中及び夜間とも乾燥した天氣であった。, 彼のところに酒一樽と生の鮭一尾を贈物として持參した、等々。, 平戸の王の弟が我々を明日までには午餐に來るようにと招いた。, き込み、その後〔滿潮時に〕海水が流れ込んで〔風の〕出口を塞いでしまい、そのため閉じ込めら, 今朝は靜穩で寒い天氣で、白い霜を伴なったが、後には南西の烈しい強, 我々は平戸の王の弟の家で午餐を攝ったが、その場で我々は親切に款待された。そして私は, 八日, れた風が通路すなわち出入口を見出そうとしてこれらの地震を起す、という、そういう理由に, よって起るものと考えられている。, き起るのであり、そのため、それ, るのである。しかも一般に認められていることだが、地震は常に高い水位(すなわち滿潮)のと, の暇を乞いに行ったが、しかしオイェン殿以外は誰とも話さなかった。また、我々が〓ると、, 應〓〔朝の〕一〇時ごろであったが、大きな地震が起り、そのため誰もが彼等の家から走り出た。そ, にもう一回〔の地震〕が起ったが、この國は度々その影響を蒙, してその後の夜間の同じ時刻, 四方へ向かって尾を引いて行くのである。さらにまた今日私は評議會の總べての領主たちに私, 常に太陽に近いため我々は大變長い尾以外見ることができず、しかも南の工をほんの僅かド, は低い水位のとき多くの風が地下の洞穴のなかに吹, ○〓外註に「日, 曜日」とある。, ○夜, ○原文isは, itの誤記。, ○時, 〓をほんの僅かずつ, y littell & littell draw to the, は低い水位のとき多くの風が地下の洞穴のなかに吹, に就いての, 地震の原因, 松浦信清邸, へ午餐に赴, 臆説, コックス暇, 國なり, 乞の爲め年, 寄衆を訪問, 日本は地震, 一六一八年十一月, 四六八
割注
- ○〓外註に「日
- 曜日」とある。
- ○夜
- ○原文isは
- itの誤記。
- ○時
- 〓をほんの僅かずつ
- y littell & littell draw to the
- は低い水位のとき多くの風が地下の洞穴のなかに吹
頭注
- に就いての
- 地震の原因
- 松浦信清邸
- へ午餐に赴
- 臆説
- コックス暇
- 國なり
- 乞の爲め年
- 寄衆を訪問
- 日本は地震
柱
- 一六一八年十一月
ノンブル
- 四六八
注記 (39)
- 499,620,62,2033風が日中の大部分に亘って吹いた。しかも日中及び夜間とも乾燥した天氣であった。
- 292,623,58,1542彼のところに酒一樽と生の鮭一尾を贈物として持參した、等々。
- 710,679,59,1539平戸の王の弟が我々を明日までには午餐に來るようにと招いた。
- 1019,627,64,2281き込み、その後〔滿潮時に〕海水が流れ込んで〔風の〕出口を塞いでしまい、そのため閉じ込めら
- 601,1144,61,1764今朝は靜穩で寒い天氣で、白い霜を伴なったが、後には南西の烈しい強
- 393,679,60,2225我々は平戸の王の弟の家で午餐を攝ったが、その場で我々は親切に款待された。そして私は
- 612,682,53,102八日
- 916,625,66,2278れた風が通路すなわち出入口を見出そうとしてこれらの地震を起す、という、そういう理由に
- 821,632,53,822よって起るものと考えられている。
- 1130,630,59,814き起るのであり、そのため、それ
- 1229,637,65,2268るのである。しかも一般に認められていることだが、地震は常に高い水位(すなわち滿潮)のと
- 1544,595,65,2289の暇を乞いに行ったが、しかしオイェン殿以外は誰とも話さなかった。また、我々が〓ると、
- 1421,383,101,2530應〓〔朝の〕一〇時ごろであったが、大きな地震が起り、そのため誰もが彼等の家から走り出た。そ
- 1334,1469,58,1441にもう一回〔の地震〕が起ったが、この國は度々その影響を蒙
- 1327,635,79,716してその後の夜間の同じ時刻
- 1649,640,62,2271四方へ向かって尾を引いて行くのである。さらにまた今日私は評議會の總べての領主たちに私
- 1753,637,62,2200常に太陽に近いため我々は大變長い尾以外見ることができず、しかも南の工をほんの僅かド
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