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けれは、吉安案内すへしとなり、このとき三將はすてに河内の枚方に屯, 日、吉安を二條城にめされ、父か例のことく、かの庄安堵の御朱印をたま, 密に告まいらすのところ、十一月二日、小寺圖書某をして、かの地を監せ, しめらる、三日また二條城にめされ、平野庄は大坂にちかく、しかも要害, ふ、こゝにをいて、先に大坂より申來りし趣を、御先手越前少將忠直卿へ, て吉安か下知せるむねあるにより、平野の庄の輩これに應せす、二十九, 銀座の役人となる、, 母は平野氏の女、慶長十二年、遺跡を繼、十三年七月二, 總守忠明、をよひ石川主殿頭忠總、西尾豐後守忠政等をさしむけらるへ, 兵おこるのとき、大坂より平野庄に人數をいるへきのあひた、秀頼に忠, 節あるにをいては、恩賞あるへきのむね黒印をあたふといへとも、かね, せるにより、吉安、四日の未明に京師を發し、其晝河内郡の日下村にして、, よきところなれは、城兵彼地に出張せんもはかりかたし、よりて松平下, 十五日、仰をうけたまはり、暹邏國に渡海す、十九年十月二十六日、大坂の, 吉安, 元和三年三月二十六日, 三松、長, 五郎, ○末吉家系〓, 要、吉康ニ作ル, 道明, 銀座役人, 吉安ノ履, 融, 大坂陣ニ, 於ケル勳, 功, 元和三年三月二十六日, 六四一
割注
- 三松、長
- 五郎
- ○末吉家系〓
- 要、吉康ニ作ル
- 道明
頭注
- 銀座役人
- 吉安ノ履
- 融
- 大坂陣ニ
- 於ケル勳
- 功
柱
- 元和三年三月二十六日
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- 六四一
注記 (29)
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