『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.787

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の境地なれは、さも有へし、, 夜ともに見物の諸人多く入込し節は、縱へは東側より向の西側へ、わつら, ○以下、元吉原ノ状况、風俗等ノコトニカヽル、, りといふ、今はその事なし、その庄司か末は、今も西田といふ者、此廓にあり、, 口四郎兵衞といふものゝうしろに、會所といふあり、そのころの仕置所な, 江戸砂子ニ曰、彼庄司甚右衞門は、所之棟梁として、一國成敗御免也、大門之, めしき其頃の風躰なるへし、, 傍に會所立有て、會所預四郎兵衞と云者居て、此所ニて廓中ニ而罪ある者, 其後, 幅四方の所なれとも、女童の〓きは、向ふまて自由に通る〓ならざるほと, 〔北里見聞録〕上吉原一國成敗の説, の賑ひなり、理りかな、御江戸の津諸國第一の大湊なるに、はつかに方貳町, の庄司甚右衞門は、所の棟梁として、心乃まゝに所の仕置をしたり、今大門, 新吉原, まても、り, 〔江戸砂子〓, 〔北女閭起原〕東吉原開基の砌、二三ケ年の間、賑ひし事大かたならす、晝, 遊女, ○前節ニ、元吉原ノ草創沿, 革等ノコトヲ述ベタリ, 淺草, 町, 下略, ○上, 二, 置所, 吉原ノ仕, 吉原ノ雜, 甚右衞門, ノ子孫, 沓, 會所預, 元和三年三月是月, 七八七

割注

  • 遊女
  • ○前節ニ、元吉原ノ草創沿
  • 革等ノコトヲ述ベタリ
  • 淺草
  • 下略
  • ○上

頭注

  • 置所
  • 吉原ノ仕
  • 吉原ノ雜
  • 甚右衞門
  • ノ子孫
  • 會所預

  • 元和三年三月是月

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  • 七八七

注記 (34)

  • 1256,631,57,785の境地なれは、さも有へし、
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