『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.791

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由、其後御評定の義は、手負疵付のものなとも召連來り候へは、場所もけり, りけ、幾人なり共、遊女ともを出させ可然との義ニ極り、茨原町の役懸りと, 始め、其外歴々方の前え出、給仕を致し候ものに手にらへ、いりゝ致したる, 物と在之處ニ、板倉四郎右衞門殿被申出候は、給仕人の儀き、茨原町の役に, 義とても、寛永年中出生のものに候へは、時代も違ひ候ニ付、慥には可存樣, 時代の義は、諸事ニ付、御手ら汝き事共とは相聞へ候へ共、御老中方を始メ、, 圓承知いたしかたき事共ニ候、虚説なとにては無之候哉、答て云、手前なと, 幕すたれなとをりけ候を手初めと仕り、外々にも屋形舟と申物は始り候, れ、其うへ毎春公家衆參向あられ、逗留の間は御評定も相止候義いらゝと, 何れも御立合の御評席へ、茨原町の傾城風情のものゝ徘徊と在之段は、一, 有て、別に御評定所の御普請出來、町方のまりなひも相止み、御城内よりの, 成、傳奏屋敷前ニて船にのせ、召連參り候節、舟の上には逢おゝゐをいたし、, 御賄と罷成、給仕役にも、御坊主衆被相詰候如ク罷成候由、同ク問て云、尤其, 町下行に被仰付候處に、外々の義には、手つらへも無之候へは、御老中方を, 起原, 屋形船ノ, 内ヨリノ, 評定所出, 來シテ城, 賄トナル, 元和三年三月是月, 七九一

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  • 起原
  • 屋形船ノ
  • 内ヨリノ
  • 評定所出
  • 來シテ城
  • 賄トナル

  • 元和三年三月是月

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  • 七九一

注記 (22)

  • 1204,626,61,2217由、其後御評定の義は、手負疵付のものなとも召連來り候へは、場所もけり
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