『大日本史料』 12編 27 元和三年四月~同年八月 p.166

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彼等の死が基督教徒を感奮せしめしことは異常, て、二個の祭壇の上に安置せり, すべき宣教師等が、無謀の勇に驅られたるにあらざるを立證せり、調査の, せざるを認め、此殉教に依り、喜んで死に就ける者多かりき、之に依り尊敬, 證人の一人は云へり、此時以來、日本に於ける基督教徒は、信仰の血を流す, 諸人は直に、伴天連, にして、宣教師が、其教へし如く、血を以て教の眞なることを證明するを辭, 等を聖徒とする爲めに努力せり, を著け完全なりき、諸人此尊き遺骸を長崎に運びて、聖殉教者の遺骸とし, 伴天連ナバレテの殉教に用ひられし刀, エルナンドの執成に依, 諸人、伴天連ペドロの頭なき遺骸を船に積, は、百五十エキユーにて、死刑執行者の手, み込まんとせしこと三度に及びしも、三度, カオに送られ、最初は、某ボルトガル人の手に渡りしが, り、一の奇蹟行はれたり, 次で同市のアウグスチン派の僧院に納められたり、, サン・フランシスコの紐の宗教團の手に講はれ、該團なり體のれアウ, 伴天連エルナンド・デ・サン・ジヨセフの遺骸は、マカッサルに送られ、更にマ, 〓一本を見たり、伴天連べドロの手の指二本は、伴天連アポリナリヨより, なくて赴くを望まざりしなりと云へり、伴天連ペドロの遺骸は、長崎の, 〓政・力入タ夕クリヤ之を携へて、マニラの第一の證人の許に到れり、フラ, 者の〓なに得業士のべドロ・フエルナンデス・デ・ナバレテに贈りたり、彼は, より購はれ、マニラのドミニコ派の宣教師に送られしが、彼〓は之を痢, とも後〓りせり、遂に之を日本人基督教徒の手委ねたり、諸〓、遺骸〓順, スチン派に引渡したり、頭については、其後聞く所なかりしが、遺骸の大部, 〓、マニラに送られ、諸人に分配せられたり、調査の證〓の一人は、殉教者の, 他の證人に贈りたり、ドアルテ・コルレアも、亦尊き遺骸の一部を所有せ, 王妃及び王子なるカルヂナルの書記なりき、血に染み体る順加〓、從〓, 死刑ニ用, ヲ贖ヒテ, ヒタル刀, ノ遺體ヲ, べどろ等, 送ル, まにら二, 送ル, まにらニ, 信徒ニ對, 殉教者ノ, スル影響, 元和三年四月是月, 一六六

割注

  • 伴天連ナバレテの殉教に用ひられし刀
  • エルナンドの執成に依
  • 諸人、伴天連ペドロの頭なき遺骸を船に積
  • は、百五十エキユーにて、死刑執行者の手
  • み込まんとせしこと三度に及びしも、三度
  • カオに送られ、最初は、某ボルトガル人の手に渡りしが
  • り、一の奇蹟行はれたり
  • 次で同市のアウグスチン派の僧院に納められたり、
  • サン・フランシスコの紐の宗教團の手に講はれ、該團なり體のれアウ
  • 伴天連エルナンド・デ・サン・ジヨセフの遺骸は、マカッサルに送られ、更にマ
  • 〓一本を見たり、伴天連べドロの手の指二本は、伴天連アポリナリヨより
  • なくて赴くを望まざりしなりと云へり、伴天連ペドロの遺骸は、長崎の
  • 〓政・力入タ夕クリヤ之を携へて、マニラの第一の證人の許に到れり、フラ
  • 者の〓なに得業士のべドロ・フエルナンデス・デ・ナバレテに贈りたり、彼は
  • より購はれ、マニラのドミニコ派の宣教師に送られしが、彼〓は之を痢
  • とも後〓りせり、遂に之を日本人基督教徒の手委ねたり、諸〓、遺骸〓順
  • スチン派に引渡したり、頭については、其後聞く所なかりしが、遺骸の大部
  • 〓、マニラに送られ、諸人に分配せられたり、調査の證〓の一人は、殉教者の
  • 他の證人に贈りたり、ドアルテ・コルレアも、亦尊き遺骸の一部を所有せ
  • 王妃及び王子なるカルヂナルの書記なりき、血に染み体る順加〓、從〓

頭注

  • 死刑ニ用
  • ヲ贖ヒテ
  • ヒタル刀
  • ノ遺體ヲ
  • べどろ等
  • 送ル
  • まにら二
  • まにらニ
  • 信徒ニ對
  • 殉教者ノ
  • スル影響

  • 元和三年四月是月

ノンブル

  • 一六六

注記 (43)

  • 627,1366,71,1489彼等の死が基督教徒を感奮せしめしことは異常
  • 1662,661,64,910て、二個の祭壇の上に安置せり
  • 277,662,79,2187すべき宣教師等が、無謀の勇に驅られたるにあらざるを立證せり、調査の
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  • 1892,730,45,341元和三年四月是月
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