『大日本史料』 12編 27 元和三年四月~同年八月 p.210

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コト、五年七月十九日ノ條ニ、又田丸城主稻葉紀通ヲ攝津中島ニ移ス, 感ありて、南伊勢田丸城附五萬石拜領し給ふ由しるす、宗國史も同し、且, 元年十二月十五日ノ條ニ、田丸五萬石ヲ以テ、山城大和ノ地ニ易フル, を合せて三十二万三千九百餘石を領す, ○幕府、藤堂高虎ノ大坂戰功ヲ賞シ、伊勢ノ地五萬石ヲ加増スルコト、, 九月廿七日及十月朔日の状、又九月廿七日、八十島道除への帖に, 田丸の仕置をなし給ふ事をのす、因て疑ふ、公田丸城拜領し給はさるに、, 仕置等の事ある〓き理なし、親筆留書、延寶西島留書、およひ他書に、多く, 謹按公の田丸城を拜領し給ふ事、御系譜には、公數年忠節の儀とも御, コト、二年是歳ノ條ニ見ユ、, 兩書とも十月朔日の事とす、此月日何によるをしらす、金地院より公へ, は年月を漏しぬ、平尾留書には五月とあり、因てしはらく五月の處にあ, 十月朔日、伊勢國田丸にをいく, けて後考をまつ、, 五萬石の地を加へられ、さきに弟正高にたまふ處乃下總國香取郡乃所領, 〔寛政重修諸家譜〕九百藤堂高虎, 元和三年五月一日, ○上下略、本書十月朔, 日ト爲スハ誤ナラン, 和泉, 此帖後, に出す、, 守, 二一〇

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  • ○上下略、本書十月朔
  • 日ト爲スハ誤ナラン
  • 和泉
  • 此帖後
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  • 二一〇

注記 (24)

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