『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.675

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の庭成る梅若丸の塚を見物する所に、案の〓く坊主出逢て、旅人は都の人, つたなしといわん、其上おもふ子細あると、小舟にさほさし角田川へ行、寺, と見えたり、當地に始て一見の人々き、よくもあしくもおしなへて、歌をよ, れ聞て、其方角田川見物なるたからす、此坊主、はしめて一見の人を能見し, 酒宴場へ飛入走入して、五盃十盃つゝのむを數をしらす、何よりもおかし, 方は宏才利口たりといへとも、歌の道をは文字の數をもしらす、おもひと, 梅若丸の塚ありて、しるしの柳有、見物衆は、塚のあたりの芝の上に圓居し, ねとも、舊跡をは詩人歌人尋給へり、扨又角田川の寺の庭に、謠に作りたる, て、歌をずし詩を作り、酒盛する所に、此寺の坊主大上戸にて、爰やかしこの, とまり給へ、道閑閉口し、つく〳〵按し、此名所見すは、京の知る人、我こゝろ, 閑聞て、りれ上戸なり、いてさらは角田川へゆき、其坊主と酒宴せんと言、わ, きは、此坊主、角田川の謠きりはしめを一ツ二ツ覺え、平家ともわかす、稱名, ぶしに打上てうたふ、されともみしかくうたふに興ありて、皆人わろふ、道, されは惡口をはき、寺のあたりを拂つて追出し、當座の耻辱をあとふる、其, りて、歌を所望する、よくもあしくも、文字さへ續き詠ぬれはよろこふよ, 慶長十二年二月二十六日, 稱名ぶし, 慶長十二年二月二十六日, 六七五

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  • 稱名ぶし

  • 慶長十二年二月二十六日

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  • 六七五

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