『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.753

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き年月日を繼にし心の内社痛はしけれ、實此少將角成果しも、因果報の故, 少將父子らゝなへしと期したらは、國本に有ぼる時、眞鍋、繰嶋、仙石か云し, らき、武道の身といはれしに、其身運命衰てはせんかたもなく成下りて、う, 籠鳥と成、備後も同身と成、國に在合者共誰をろ主と頼へを、所詮身躰到來, きいと口惜と後悔すれと、跡に成ては其盆なし、實日來鬼神の樣に沙汰せ, なす、其中松平土佐守、加藤左馬介兩將は、國本へ飛脚を下、其身は京都ゟ直, に出陣なは、角て弘嶋の爲躰、軍勢を催さるゝ事、左衞門太夫傳聞て、少將は, 來て、弘嶋事故なく相渡もは、俤樣の若武者共事かし笛ふろうと望念のせ, 〓く一戰を企、名を末世に殘すへきを、同我銘と云なろら、淺ましき名を殘, んもなく、其國々へ開陣なす、其年大將分は又上洛をなし、京都の勤をなし, 珍敷若大將共、我前をせん、人さきをかけんといさみ進む折節、件乃主馬頭, と言近習の侍を差上せたり、去程に國々の軍勢七月中旬ゟ下旬に著揃、軍, 備中國にて勢揃、上意之以指圖可打立と國守各歸國し、前後に彼地著陣を, 侍る、然に太夫、備後守、越後河中島邊四千町給、父子一所につろひ給ふ、此時, 成は、早く城渡し何國へも立退、身躰をかせけと一通の直書を調、牧主馬頭, 元和五年六月二日, 七五三

  • 元和五年六月二日

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注記 (17)

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