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なくして陣所に歸り、つく〳〵思ふは、兎角明朝は拔ろけすへしと用意, 陣所に行、明朝拔懸せんと思ふ、其方はいろにと示し合つるに、かのもの, 寄せしに、矢くらより見おろし鉄炮にて打落されぬ、又右衞門跡より是, らき、已に危く見へしろは、太夫殿旗本より助けんと仕らるを、太夫との、, 才の時とろや、其後數度高名の内、濃州岐阜城責の時、傍輩何某とろやろ, ともしらす武者壹騎、又右衞門に先立て、鞭を上て行、又右衞門思ふ樣、出, り、右へよれは矢くらより見え、左へよれは不見處成しに、彼武者は右へ, しぬかれし事よとつふ屋きなつら追付行に、城の大手先に小高き所あ, し、また東雲も明さなに、城に向て馬を早むるの所に、四五十間先に、たれ, 云、軍法を犯す事重を科なれは、無用にせられよと云しに、又右衞門も、詞, 其儘置て見生と宣ひしに、終にはね返し、首を取て歸りしとそ、生年十七, にて兒小性を勤、朝鮮征伐之砌扈從して、唐人と橋の上にて組合、組ふせ, 一爰に松平越中守定綱の臣吉村又右衞門尉某は、其先福嶋左衞門太夫家, 吉村又右衞門傳, 〔鶴の毛衣〕, シ, 元和五年六月二日, 隱叢話、近世名勇傳同ジ, ○古實話、武邊咄聞書、武, 十五, 傳説之部, 衞門, 吉村又右, 正則ニ朝, 姓ヲ勤ム, ノ時功名, 鮮陣ニ從, 初メ兒小, 岐早城攻, 元和五年六月二日, 八三五
割注
- 隱叢話、近世名勇傳同ジ
- ○古實話、武邊咄聞書、武
- 十五
- 傳説之部
頭注
- 衞門
- 吉村又右
- 正則ニ朝
- 姓ヲ勤ム
- ノ時功名
- 鮮陣ニ從
- 初メ兒小
- 岐早城攻
柱
- 元和五年六月二日
ノンブル
- 八三五
注記 (31)
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