『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.153

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其肉、其膓を鹽漬にして、太閤にさゝけしかき、四月二十八日、書をあたへ, 九月、久保巨濟にありて卒するにより、二男家久ろはりて渡海し、義弘に, 向國乃うち、諸縣郡十二万百八十石餘、すへて五十七万八千七百三十石, また小袖を賜ひ、六月朔日、馬一匹をあたへ〓、勤勞の久し〓を慰せらる、, 餘のうち、このたひ〓地の上、一万石はおほやけにおさめ、六千二百石き, て、これを賞せらる、六月五日、歸朝し、伏見城に乃ほりて、太閤に〓す、二十, たりだ、太閤に見參し、十六年六月四日、また洛に乃ほりて〓見す、十五日, 九日、薩摩國二十八万三千四百八十石餘、大隅國十七万五千五十石餘、日, 月十日、太閤書をあたへて、城郭を修し、軍粮をとくはふへしと命せら〓、, 日、日向國諸縣郡の知行方千四百四町を充行はれ、十七年、飯野城より大, ゝもに、兵を率ゐて、か乃地に渡海し、王都にせめいり、平安道をうり、十一, 小袖二領をとづはな、二年五月朔日、書を下して、帷子二領をさつ老、三年、, 隅國桑原郡栗野城にうつる、文祿元年、朝鮮乃役に、義弘、男又一郎久保と, したかふ、四年、家久とゝもに昌原にをいて獵し、兩虎を得とり、すなはち, 從五位下侍從に敍任し、七月、豐臣姓及ひ羽柴乃稱號をとxは〓、八月五, 號ヲ授ケ, 豊臣ノ姓, 秀吉ヨリ, 領知ノ朱, 羽柴ノ稱, 大隅栗野, 城ニ移ル, ラル, 朝鮮渡海, 印, 元和五年七月二十一日, 一五三

頭注

  • 號ヲ授ケ
  • 豊臣ノ姓
  • 秀吉ヨリ
  • 領知ノ朱
  • 羽柴ノ稱
  • 大隅栗野
  • 城ニ移ル
  • ラル
  • 朝鮮渡海

  • 元和五年七月二十一日

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  • 一五三

注記 (27)

  • 753,705,60,2116其肉、其膓を鹽漬にして、太閤にさゝけしかき、四月二十八日、書をあたへ
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