『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.299

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茲政元和三年生る、五年の冬、遺領を〓、, ト、同三年七月是月ノ條ニ、福島正則除封ニ依リ、廣島城ヲ警衞スルコ, 陣ヲ命ゼラルヽコト、元和元年四月十四日ノ條ニ、因幡鹿野城ヲ發シ, テ出陣スルコト、同月二十二日ノ條ニ、石見津和野ニ封ヲ移サルヽコ, めて伏見にいとり、重信、直勝に會す、兩使、そのかたち乃をとあへたるを, 見、土井利勝に告、利勝これを台聽に達し、京師にをいだ療養をくはへ, 出陣スルコト、同十九年十一月十四日ノ條ニ、大坂夏陣ニ、家康ヨリ出, グコト、同十七年正月二十六日ノ條ニ、大坂冬陣ニ、本多正信ニ屬シテ, む、これにより、家臣をして封地の境をまもらしめ、政矩き津和野にかへ, ○政矩、五千石ヲ領スルコト、慶長十四年是歳ノ條ニ、父茲矩ノ跡ヲ嗣, 乘輿して廣嶋にいたる、重信、直勝、其病の甚しきを見〓、居城にかへらし, る、七月、重信、直勝、國中の法度をはため、伏見に赴り、政矩もまた病をつと, をう老たてはりて、安藝國におもむく、このとき政矩病に臥といへとも、, しむ、八月十五日卒す、年三十、悟叟淨頓と號す、かの地乃高臺寺に葬る、, 時に三歳、, ○下略, 井家系譜寫、〓和覲, 龜井家譜異事ナシ、, ○, 龜, 元和五年八月十五日, 二九九

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  • 時に三歳、
  • ○下略
  • 井家系譜寫、〓和覲
  • 龜井家譜異事ナシ、

  • 元和五年八月十五日

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  • 二九九

注記 (22)

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