『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.29

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吉定, 三河國西尾に生る、東照宮に仕へたてまりり、御傍に近侍し、采地二千石, をたまはる、慶長四年、仰によりて、吉次か女を娶る、五年九月、關原の役に, 新治郡の内にうつさも、土浦乃城をたまはる、六年正月十四日、土浦にを, 者乃事を勤め、其後吉次か養子となり、十一年十月七日、遺領, 内にをいて、都て二萬石を領し、白井を居所とす、四年八月、封地を常陸國, に分ち與ふ、十九年十月、大坂御陣の時供奉し、元, 和元年の役にもしたろひたてまつる、二年、加増ありて、上野國群馬郡の, 忠永實は酒井河内守重忠か三男、母は山田長門守重辰か女、天正十二年、, 從ひたてまつり、八年十一月二十五日、從五位下、丹後守に敍任し、乃ち奏, 母は上におれし、寛永十七年三月十九日、召まて御書院番に, を繼、後忠永に曾て賜ひし下總國香取郡の釆地のうち七百石を, 女子母は上におれし、稻垣藤助重昌か室となり、重昌卒して後、木下伊賀, 女子母は某氏、家臣増田道意某か妻, 元和六年正月十四日, 所不明, 千石、治, ○武藏、美濃, 内一萬二, シテ、吉次ノ養ト, ○鈴木吉長ノ子, 主水、, 列し, 守俊治に嫁す、, 勝之助、, 子ニ, 履歴, 元和六年正月十四日, 二九

割注

  • 所不明
  • 千石、治
  • ○武藏、美濃
  • 内一萬二
  • シテ、吉次ノ養ト
  • ○鈴木吉長ノ子
  • 主水、
  • 列し
  • 守俊治に嫁す、
  • 勝之助、
  • 子ニ

頭注

  • 履歴

  • 元和六年正月十四日

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  • 二九

注記 (29)

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