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吉定, 三河國西尾に生る、東照宮に仕へたてまりり、御傍に近侍し、采地二千石, をたまはる、慶長四年、仰によりて、吉次か女を娶る、五年九月、關原の役に, 新治郡の内にうつさも、土浦乃城をたまはる、六年正月十四日、土浦にを, 者乃事を勤め、其後吉次か養子となり、十一年十月七日、遺領, 内にをいて、都て二萬石を領し、白井を居所とす、四年八月、封地を常陸國, に分ち與ふ、十九年十月、大坂御陣の時供奉し、元, 和元年の役にもしたろひたてまつる、二年、加増ありて、上野國群馬郡の, 忠永實は酒井河内守重忠か三男、母は山田長門守重辰か女、天正十二年、, 從ひたてまつり、八年十一月二十五日、從五位下、丹後守に敍任し、乃ち奏, 母は上におれし、寛永十七年三月十九日、召まて御書院番に, を繼、後忠永に曾て賜ひし下總國香取郡の釆地のうち七百石を, 女子母は上におれし、稻垣藤助重昌か室となり、重昌卒して後、木下伊賀, 女子母は某氏、家臣増田道意某か妻, 元和六年正月十四日, 所不明, 千石、治, ○武藏、美濃, 内一萬二, シテ、吉次ノ養ト, ○鈴木吉長ノ子, 主水、, 列し, 守俊治に嫁す、, 勝之助、, 子ニ, 履歴, 元和六年正月十四日, 二九
割注
- 所不明
- 千石、治
- ○武藏、美濃
- 内一萬二
- シテ、吉次ノ養ト
- ○鈴木吉長ノ子
- 主水、
- 列し
- 守俊治に嫁す、
- 勝之助、
- 子ニ
頭注
- 履歴
柱
- 元和六年正月十四日
ノンブル
- 二九
注記 (29)
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