『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.327

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這と成、御脚を延され、疊をばた〳〵と御脚こ而御拍子取被遊、御言葉を, 事、世上之聞も不可然存故、此段御語申也、そも〳〵名をも人こ知らるゝ, 士被召出、始而御目見に袴も不被召、其上碁盤こ御あぎとを持せられ、腹, 御行跡之一卷は、何レも聞傳同然之咄こて、隨分慥成ゆへ、爰こ記すも, 被懸事、無禮とや言ん、法外とや言ん、苦々しく立腹す、盆田聞て、御立腹尤, 也、乍去三十日計猶豫有て、先明朝ゟ登城して、樣子を被見べしと言、江崎, も、乍不興其意ニ任せ考る、然るに萬事仁道の御仕置諸士之思ひ付し御, 此御仁徳之仕置と而は、中々他國之高知行所望こ無之、御國ニ脚を留度, 案内之御大將也、可立退と存レ共、士之一度懇望して御家中へ早速立退, 家風と見へる、江崎又盆田方へ行て、先日は麁忽無禮之過言、迷惑千万也, シモ無相違有之通之由、被召置士之名は聞及ばされ共、右樣之至鎭樣, 存ると言けると也、此義は稻田盆水物語り之由、稲田丈山、予こ語りらる, 守樣御良將之聞有之ゆへ、録こ構ず相望み罷出候處、案こ相違し、禮義不, 私ニ右之咄、賀嶋冬知こ物語りすれは、成程老人之咄こ度々聞しに少, 也, 〇江崎隼人ノ事、渭水聞見録ニモ見ユ、但名ヲ竹, 田六左衞門ニ作リ、盆田因幡ヲ稻田修理ニ作ル、, 隼人至鎭, ノ徳ニ服, 元和六年二月二十六日, 三二七

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  • 〇江崎隼人ノ事、渭水聞見録ニモ見ユ、但名ヲ竹
  • 田六左衞門ニ作リ、盆田因幡ヲ稻田修理ニ作ル、

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  • 隼人至鎭
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  • 元和六年二月二十六日

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  • 三二七

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