『大日本古文書』 幕末外国関係文書付録 7 (附録之七) p.410

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らしな川の中に木枯の森アリ、, 咲けるを見て、, 田のすくの西成ル向谷の堤といふは第一之堤成り、文政のむかしおほち君此堤え小段とい, たる其頃之連歌もあり、宗長・宗遊の像又はかもあり、庭も其頃の儘と聞ゆ、古木の梅の, し人こ言けるを聞て、今又我も此事にあつかりてむかしの事を聞もいとうれし、, 庵といふ、いと物淋しく、爰は連歌師宗長住ける跡也、今川氏親遊觀の地あ宗長のしるし, ふを付て松を植付け給ふゆへ大成堤に成る、後水害もなく、里人等悦てむら垣堤といふよ, 十三日、安倍川の下の邊を見て手越村ニ渡り、丸子のすくの西ゟ六七丁山道入て、吐月峯, 世こかけて言葉の花や殘るらん庵の軒にかほる梅枝, 十四日、島田を出立て、大井川の東縁りを海口まて見て西ニ渡り、八幡島新田に泊ル、島, わらしなや瀬このしら波春あさく河風さゆる木枯の森, いにしへの其功は大井河堤の松と千代もくちなん, 大井川東縁, ヲ巡見ス, 村垣淡路守公務日記附録一, 四一〇

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  • 大井川東縁
  • ヲ巡見ス

  • 村垣淡路守公務日記附録一

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  • 四一〇

注記 (16)

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