『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.94

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日本より、一六二三年二月二十四日, かくして彼の希望は實現せられ、彼は熱誠と熱情に滿ちて出帆せり、此の, 師父に書を致して、彼を送還せんことを求め、其の所有にある至福なる殉, して、彼はマニラに歸れり、其の淳樸を知れる教徒等は、我が敬愛する地方, べしと約したり、地方師父は、聖き〓望の念に打たれつゝ、彼を出發せしめ, 身を委ねんとせり、從順が之を妨げざりせば、彼は之を決行せしなるべし、, 頃彼は其の熱情を、自ら抑制するを要せしなり、彼は屡〻暴君の手中に、其の, たり、彼は師父フライ・ルイスと共に、優秀なる日本人教徒ヨアキム・ディア, し、石窟の中なる孤獨の巣にある貞節なる鳩の如く默想するに如かずと, スの船に乘り、再び出帆せり、彼は彼等が修道士たることを知りて、之を乘, 教者フライ・ヘルナンドド・サン・ジョセフの聖なる遺骸を之に換へて送る, 然るに後に至りて、マニラに居住し、我が主イエス・キリストの御惠に飽浴, 聖アウグスティン派フライ・バルトロメ・ギュティエレ、, 第七章一六二二年(歐文材料第六號譯文), 船せしめしなり, パゼス日本耶蘇教史〕, 〓ヽル、八年七月十三日ノ條ニ收ム, ○元和九年一月, ○下略、ツニガ等處刑セラルヽコト一, 二十五日ニ當ル、, 第二, 編, 歸ル, るいすト, まにらニ, ニ向フ, 共ニ日本, 日本ニ向, 元和六年七月六日, 九四

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  • 〓ヽル、八年七月十三日ノ條ニ收ム
  • ○元和九年一月
  • ○下略、ツニガ等處刑セラルヽコト一
  • 二十五日ニ當ル、
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  • 歸ル
  • るいすト
  • まにらニ
  • ニ向フ
  • 共ニ日本
  • 日本ニ向

  • 元和六年七月六日

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  • 九四

注記 (30)

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