『大日本史料』 12編 35 元和六年是歳~元和六年雑載 p.18

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

設けたる三壽菴といへる大寺ありし處也、, 〔長崎名勝圖會〕, て官より命じて、寺を建しむ、即ち京都本國寺の末寺となり、聖林山本蓮寺と號す、, 其徒多伏辨説、守府命慧〓焉、因膀日聖林山本蓮寺, 後元和六年、僧日〓, 礫を投し、身體段傷せらるといへども厭はず、誓つて賊徒を摧服せしめんと欲し、ます, 〳〵辯鉾を勵まして、教法を説くに、やうやく里民の心服して、府命を守ることを知る、因, 日惠、正保五年二月、御朱印頂戴、實録云、, 崎陽略記云、元和五年己未、本蓮寺建、故家舊記云、元和五年己未、聖林山本蓮寺建、開山, 船津村の内にして、元龜、天正の頃より、切支丹の邪徒横行して、其法を弘めんがために建, に與へて、正覺寺引移さる、, めて邪教を闢き、正法を勸む、されども邪徒惡意ます〳〵さかんにして、日慧を罵じり、瓦, 下して破却せられ、釋道智, の程をうかゞひ、切支丹の惡徒等、火を放てこれを燒き、一宇の正覺寺忽ち烏有となる、其, 聖林山本蓮寺は、鎭治の北、茶臼山の下にあり、此地は、もと, 慶長十一年、官より命を, 大村より來り、法華の壇をこゝに開き、務, るを翌十二年、道智所用ありて、小川街庄林源内といへる者のもとに夜ばなしに行し留主, 長崎記云、元和六年、日惠立, 然, 元和六年是歳, 本瑞院と稱す、肥後熊本の産也、時に大, 村に在て、本經寺を開いて住持せり、, 以て、此寺の領とせしとぞ、, 此時には、蠻賊ども、浦上村を, 西邊之部, の開祖, 正覺寺, ○下略、前掲長, 崎志ニ同ジ、, れ、森都遂に當地を逐電せり、其ゆしを以て、此地を道智に賜ふとなり、猶道智、森都の事、正覺寺の下に見えたり, 頭といふ者あり、耶蘇の張本なりしが、嘗て道智と法義正邪の論をなして、辯伏せられ、過言を吐て、道智に叱せら, 原にあり、是よりさき、三壽菴に森都座, ○中, ○下, 正覺寺は、慶長九年、道智建立して、芋, 略, 略, 三, 蓮宗ヲ弘, 建テシメ, 幕府命ジ, シテ寺ヲ, ヨリ長崎, テ日慧ヲ, ニ來リ日, 本蓮寺ト, 元和五年, 日慧大村, ノ建立, イフ, 元和六年是歳, 一八

割注

  • 本瑞院と稱す、肥後熊本の産也、時に大
  • 村に在て、本經寺を開いて住持せり、
  • 以て、此寺の領とせしとぞ、
  • 此時には、蠻賊ども、浦上村を
  • 西邊之部
  • の開祖
  • 正覺寺
  • ○下略、前掲長
  • 崎志ニ同ジ、
  • れ、森都遂に當地を逐電せり、其ゆしを以て、此地を道智に賜ふとなり、猶道智、森都の事、正覺寺の下に見えたり
  • 頭といふ者あり、耶蘇の張本なりしが、嘗て道智と法義正邪の論をなして、辯伏せられ、過言を吐て、道智に叱せら
  • 原にあり、是よりさき、三壽菴に森都座
  • ○中
  • ○下
  • 正覺寺は、慶長九年、道智建立して、芋

頭注

  • 蓮宗ヲ弘
  • 建テシメ
  • 幕府命ジ
  • シテ寺ヲ
  • ヨリ長崎
  • テ日慧ヲ
  • ニ來リ日
  • 本蓮寺ト
  • 元和五年
  • 日慧大村
  • ノ建立
  • イフ

  • 元和六年是歳

ノンブル

  • 一八

注記 (53)

  • 1235,624,57,1037設けたる三壽菴といへる大寺ありし處也、
  • 1457,587,73,511〔長崎名勝圖會〕
  • 197,626,58,1985て官より命じて、寺を建しむ、即ち京都本國寺の末寺となり、聖林山本蓮寺と號す、
  • 1817,679,58,1230其徒多伏辨説、守府命慧〓焉、因膀日聖林山本蓮寺
  • 659,619,56,459後元和六年、僧日〓
  • 427,618,59,2195礫を投し、身體段傷せらるといへども厭はず、誓つて賊徒を摧服せしめんと欲し、ます
  • 313,620,58,2197〳〵辯鉾を勵まして、教法を説くに、やうやく里民の心服して、府命を守ることを知る、因
  • 1588,686,59,1007日惠、正保五年二月、御朱印頂戴、實録云、
  • 1704,681,58,2136崎陽略記云、元和五年己未、本蓮寺建、故家舊記云、元和五年己未、聖林山本蓮寺建、開山
  • 1348,623,59,2195船津村の内にして、元龜、天正の頃より、切支丹の邪徒横行して、其法を弘めんがために建
  • 1120,1427,56,663に與へて、正覺寺引移さる、
  • 544,622,55,2193めて邪教を闢き、正法を勸む、されども邪徒惡意ます〳〵さかんにして、日慧を罵じり、瓦
  • 1119,623,56,649下して破却せられ、釋道智
  • 772,626,58,2190の程をうかゞひ、切支丹の惡徒等、火を放てこれを燒き、一宇の正覺寺忽ち烏有となる、其
  • 1466,1378,56,1438聖林山本蓮寺は、鎭治の北、茶臼山の下にあり、此地は、もと
  • 1235,2241,55,573慶長十一年、官より命を
  • 658,1822,60,996大村より來り、法華の壇をこゝに開き、務
  • 887,624,57,2195るを翌十二年、道智所用ありて、小川街庄林源内といへる者のもとに夜ばなしに行し留主
  • 1814,2094,59,656長崎記云、元和六年、日惠立
  • 1004,2764,53,51
  • 1932,702,45,251元和六年是歳
  • 686,1094,44,723本瑞院と稱す、肥後熊本の産也、時に大
  • 643,1095,43,667村に在て、本經寺を開いて住持せり、
  • 1222,1683,39,492以て、此寺の領とせしとぞ、
  • 1264,1684,41,534此時には、蠻賊ども、浦上村を
  • 1452,1147,41,166西邊之部
  • 1107,1286,41,121の開祖
  • 1152,1281,40,124正覺寺
  • 1620,1702,41,266○下略、前掲長
  • 1577,1699,42,216崎志ニ同ジ、
  • 987,619,43,2095れ、森都遂に當地を逐電せり、其ゆしを以て、此地を道智に賜ふとなり、猶道智、森都の事、正覺寺の下に見えたり
  • 1031,623,43,2099頭といふ者あり、耶蘇の張本なりしが、嘗て道智と法義正邪の論をなして、辯伏せられ、過言を吐て、道智に叱せら
  • 1094,2095,45,719原にあり、是よりさき、三壽菴に森都座
  • 1850,1925,38,75○中
  • 228,2618,40,81○下
  • 1160,2097,44,704正覺寺は、慶長九年、道智建立して、芋
  • 1805,1925,41,37
  • 183,2620,41,38
  • 1495,1150,40,32
  • 529,263,41,168蓮宗ヲ弘
  • 285,265,38,162建テシメ
  • 415,263,40,162幕府命ジ
  • 332,273,35,153シテ寺ヲ
  • 618,272,36,159ヨリ長崎
  • 374,270,37,155テ日慧ヲ
  • 576,276,38,155ニ來リ日
  • 240,264,42,164本蓮寺ト
  • 1718,274,40,161元和五年
  • 660,267,39,166日慧大村
  • 1674,277,40,116ノ建立
  • ... +3 more

類似アイテム