『大日本史料』 12編 38 元和七年六月~同年十一月 p.48

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部少輔忠直か異父妹、實は松平周防守家臣岡田竹右衞門元次か女、, 神祖の御種をやとせり、御誕生ありて、松千代君と稱じ奉る、これ尾州御先祖の御兄君也、, 將忠輝卿の實母にして、元は東海道遠州金谷の驛、八といふものゝ寡婦なりしか、忝くも, 作り、額を懸る、極樂水といふこれ也、此水の本源は、此卷の第拾壹の條下に述しことく、, 好事に井を堀て、極樂水とよべり、但し土地の小名を極樂水といふ事は、播摩守林泉、溪澗, せりや、今は僅に流れ出て、水口細し、但し冷かなる事、鬱蒸の大暑といへとも氷の如し、是, 得せし冷水ゆへに、出家に因て極樂水といひ、此清水の面影を崇敬寺の境内に摸し、態〳〵, 極樂水崇慶禪尼の墳墓, 三ケ月上人了譽か祈念によりて湧流るゝ水とかや、極冷水といふへかりしを、了譽の感, の清水より起るとしるべし、されは崇敬寺の本堂の後に、お茶阿の局の古墳あり、法名朝, 播摩守林泉の中にありて、西山の下、溪間より流れ出て、泉水へ落込り、むかしは多く湧出, 此御家御繁昌にてましまさば、第一に越後少將とのゝ御家、第二に尾〓、第三に紀州、第四, 覺院妙譽崇敬大姉と号す、蓋當寺の稱号これより起る、此お茶阿の局といふは、越後の少, 〔遊歴雜記〕, 一東武小石川橋戸町崇敬寺淨土、は、松平播摩守の上舘に隣る、境内の右の方に井戸屋形を, 元和七年六月十二日, 四編, 上, 河村氏ノ墓, 極樂水, 四八

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  • 四編

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  • 四八

注記 (21)

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