『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.805

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る、其後故ありて庵室を宗慶寺と改號す、, 將命再營慶長七年八月廿九日、贈大納言殿, 名、誦經禮拜、修禪閑座を樂行とし、宗門の疏記、和漢の祖述の化を助成のた, 大の方、伏見城にて逝去させられしかは、台命により東洛知恩院にて御葬, め、偏に編纂撰述の功勞、年をろさねて疲倦なし、應永廿七年九月、龍女形を, を結びて、般舟の蓮社と稱し、安禪專修の道場と定られ、無量山壽經寺の號, 現じて淨土の祕要を聽聞せんことを乞、猶十念を拜受し、其恩報のためと, 礫川に至り、初て心にかなへる地ありとて、礫川に於て方三四間計の小庵, て、清水を湧漲せしめければ、此水を極樂水とも名づけ、又吉水とも稱せら, を定めらる、凡此地に棲居の内種々の奇瑞ありて、遠近の道俗歸敬崇奉せ, て、此地元より高低不同の野原なるが故、朝暮の阿伽に事かゝれしを聞き, ずといふ事なし、然れども師もとより著述に二光を消し、末代本宗の學徒, 名利のため伽藍建立の沙汰なとに及はれず、たヾ自行の爲には、數萬の稱, 教諭を最要とせられしかば、時にあたりての門下を輻湊せしめられず、又, の御室東照宮御尊母於, られ、數日縁山に逗留し、四方近隣を巡視し、草庵の勝境を卜觀あり、ある日, 廣忠, 君, 吉水, 改ム, 經寺, 極樂水又, 宗慶寺ト, 川ニ建ツ, 無量山壽, 草庵ヲ礫, 慶長十三年九月十五日, 八〇五

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  • 廣忠

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  • 吉水
  • 改ム
  • 經寺
  • 極樂水又
  • 宗慶寺ト
  • 川ニ建ツ
  • 無量山壽
  • 草庵ヲ礫

  • 慶長十三年九月十五日

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  • 八〇五

注記 (28)

  • 533,644,62,1213る、其後故ありて庵室を宗慶寺と改號す、
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