『大日本史料』 12編 40 元和七年是歳~元和七年雑載 p.62

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たその末端に於いても、常に一定の距離を保つ二直線なるを以てなり、さればテッソイの, 航するに、余も亦これを航せしが、常に南より北を指して進むこと余の送付せし地圖につ, きて見るべし、即ち余は次の如く主張す、新潟より日本の陸路を行きて高麗に至るに、四十, ある陸地は高麗なり、その結論を立證すべし、高麗の〓端より高麗のかの海岸に至るに、南, 方より北方に向ふ、されば新潟より高麗の〓端に至るに要する日程を以て、松前より高麗, 對し、高麗の〓端はその頭部とまた一直線上にあり、されば松前の高麗の頭部に於けるは、, の頭部に至る距離が、新潟より高麗の〓端に至ると同樣なりとせば、次の如きことなかる, べし、即ち蝦夷人は陸路を往くに七十日を要す、しかるに新潟より高麗の〓端に往くに僅, 二日を費す、また松前より陸路テッソイに至るに七十日を要す、さればテッソイの對岸に, りては、日本の如く建設せられたる道路を往くにあらず、山を越え海岸を傳ひて行くなり、, 新潟の高麗の〓端に於けるが如し、無限に伸ぶるとも、始に於いても、中道に於いても、ま, の頭部或は末端に至るを得べし、その理由は明らかなり、即ち新潟は松前と一直線上に相, 對岸にある地は、高麗の頭部もしくは兀良哈なり、されど或る者は言はん、松前より高麗, に四十日を費すのみなりと、これが囘答は容易なり、唯次の如くいへば足る、蝦夷の地にあ, ハ兀良哈ナ, ハ高麗若ク, 天鹽ノ對岸, 元和七年是歳, 六二

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  • ハ兀良哈ナ
  • ハ高麗若ク
  • 天鹽ノ對岸

  • 元和七年是歳

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  • 六二

注記 (19)

  • 812,629,60,2182たその末端に於いても、常に一定の距離を保つ二直線なるを以てなり、さればテッソイの
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  • 1295,626,63,2192方より北方に向ふ、されば新潟より高麗の〓端に至るに要する日程を以て、松前より高麗
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