『大日本史料』 12編 42 元和七年雑載 p.112

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

られん事を祈る、, 連絡をとり居るものと危〓せられしを以てなり、, り、最近船隊がカヴィタの前面に來航し、攻撃を加へし際に、町に殘り居りたる少數の, の爲めに受入れられしが、日本人は嫌疑を懸けられ、殆ど信頼せられず、彼等は我等と, しとの風説あり、されど未だその姿を現はさず、以前に半レアルにて賣却せられたる織, 人々は、要塞の中に逃れたり、マニラ人、即ちこの國の原住民三百人は、保障と補強と, 神が貴下の今後の攻撃に恩寵を賜はり、總てをその御名の御榮と諸人の最善の爲めに圖, このスヒップ船は、上質の白米及び十五樽のアラック酒とを積載して、能ふ限り速かに, 物が通常二、三レアルの價格となり、從前は十二包纏めて購入するを常とせし人も、二, 高官等にとりて卓絶せる事柄にして、我等も之を聞きて欣快とするところなり、全能の, テルダム號到著せり、同船によりて、貴下が六月十一日, 九月二日, て認めたる欣ばしき書翰を受領せり、貴下がバンダに於て、船隊と共に行ひたる事は、, 包を買入るゝのみなり、同地に齎されし品は孰れも手許に渡らず、悲嘆と不滿漲り居れ, 當地に、神の恩寵により、モルッカ諸島よりスヒップ船アムス, アンボイナに, ○元和七年七月, ○元和七年四月, 二十二日ニ當ル, 十六日二當ル, あむすてる, だむ號到著, もるつかへ, 米トらつく, ス, 元和七年雜載, 一一二

割注

  • ○元和七年七月
  • ○元和七年四月
  • 二十二日ニ當ル
  • 十六日二當ル

頭注

  • あむすてる
  • だむ號到著
  • もるつかへ
  • 米トらつく

  • 元和七年雜載

ノンブル

  • 一一二

注記 (27)

  • 409,600,53,400られん事を祈る、
  • 1096,590,66,1175連絡をとり居るものと危〓せられしを以てなり、
  • 1434,590,77,2118り、最近船隊がカヴィタの前面に來航し、攻撃を加へし際に、町に殘り居りたる少數の
  • 1209,592,77,2127の爲めに受入れられしが、日本人は嫌疑を懸けられ、殆ど信頼せられず、彼等は我等と
  • 1767,585,76,2126しとの風説あり、されど未だその姿を現はさず、以前に半レアルにて賣却せられたる織
  • 1323,586,77,2131人々は、要塞の中に逃れたり、マニラ人、即ちこの國の原住民三百人は、保障と補強と
  • 522,595,77,2133神が貴下の今後の攻撃に恩寵を賜はり、總てをその御名の御榮と諸人の最善の爲めに圖
  • 293,606,78,2122このスヒップ船は、上質の白米及び十五樽のアラック酒とを積載して、能ふ限り速かに
  • 1655,580,77,2125物が通常二、三レアルの價格となり、從前は十二包纏めて購入するを常とせし人も、二
  • 638,596,74,2122高官等にとりて卓絶せる事柄にして、我等も之を聞きて欣快とするところなり、全能の
  • 868,602,65,1352テルダム號到著せり、同船によりて、貴下が六月十一日
  • 983,594,56,225九月二日
  • 751,599,75,2101て認めたる欣ばしき書翰を受領せり、貴下がバンダに於て、船隊と共に行ひたる事は、
  • 1543,584,77,2124包を買入るゝのみなり、同地に齎されし品は孰れも手許に渡らず、悲嘆と不滿漲り居れ
  • 988,1192,68,1525當地に、神の恩寵により、モルッカ諸島よりスヒップ船アムス
  • 894,2398,47,323アンボイナに
  • 1012,820,42,378○元和七年七月
  • 912,1995,42,381○元和七年四月
  • 868,1999,44,388二十二日ニ當ル
  • 967,816,44,329十六日二當ル
  • 996,240,34,210あむすてる
  • 948,239,39,214だむ號到著
  • 323,251,37,201もるつかへ
  • 275,247,41,209米トらつく
  • 907,242,29,28
  • 1882,635,42,256元和七年雜載
  • 1905,2336,40,108一一二

類似アイテム