『大日本史料』 12編 42 元和七年雑載 p.398

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段と手廣き故なり、, 又我等の通譯は、終日宮廷に在りしが、何物も得る能はざりき、, なり、, 日室内に留りて、政宗殿の子息の來訪を待ちたり、同人は豫て來訪して我等に會見し面識, 一月二十九日〔師走二十八日, し、今やたゞ、我等が、祭の主なる行事の終る迄、更に八日待つべき旨の囘答を得たるのみ, 次いで我等は中食にオランダ人の定宿に赴き、彼等は夕食に我等の定宿に來れり、是より, を得んとの傳言を通ぜしも、終に來らざりき、又我等は公文書に就きても徒に無爲に過, 將監殿の邸にては茶菓、スペイン酒、その他特別なる品々を供せられたり、, 先、我等は午後軍神愛宕八幡の社に詣でたり、これは疑も無く、惡魔なり、その畫像その事, 本日オランダ人と我等とは終, が明日我等竝にオランダ人の許に來訪致し度き所存なる由を告げしが、我等は之に贊意, 我等は提督將監殿及び彼の老父, を表し、オランダ人の定宿にて會見すべき事を述べ置きたり、同所は我等の宿に比して一, 一月三十日〔師走二十九日〕, 兵庫殿の許に赴き、贈物を手渡したり、我等は兩家にて頗る大なる款待を受けしが、特に, ○新暦二月八日ニシテ、元和, ○新暦二月九日ニシテ、元和, 七年十二月二十八日二當ル, 七年十二月二十九日二當ル, 兵庫頭正綱), 向井正綱, 愛宕八幡, 元和七年雜載, 三九八

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  • ○新暦二月八日ニシテ、元和
  • ○新暦二月九日ニシテ、元和
  • 七年十二月二十八日二當ル
  • 七年十二月二十九日二當ル
  • 兵庫頭正綱)

頭注

  • 向井正綱
  • 愛宕八幡

  • 元和七年雜載

ノンブル

  • 三九八

注記 (25)

  • 1549,614,57,466段と手廣き故なり、
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