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位下、修理大夫に敍任す、文祿元年九月二十二日、所領の朱印をあたへらる、慶長五年、, 御馬を旋さるゝにより、二十七日、おほせをうけたまはりて、東國の諸將とおなしく、, く封地を守るへきよしおほせ下され、其後この事により、しは〳〵御書をたまふ、七月、, られ、小笠原兵部大輔秀政にめしあつけられ、信濃國松本に蟄居す、これより先、東照, 東照宮、下野國小山に御著陣あるのところ、石田三成叛逆を企るのよしきこしめされ、, 宮・台徳院殿の御書數通をたまふ、元和八年二月十九日、赦されて江戸にきたり、七月, 上杉景勝封國にありて謀反の色をあらはせしかは、六月十九日、台徳院殿より、怠りな, よりて、佐野城を廢し、同國天明の、春日岡にうつり住す、十年、台徳院殿洛に上らせ, 十五日死す、年五十七、法名源忠、橋場の總泉寺に葬る、室は房綱か養女、, 信高か事に坐し、その身もまたよからさる始末あるにより、御勘氣蒙り、所領を沒收せ, 野にをいて三万九千石をたまひ、そのうち六千五百石は、父か養老の料に充られ、從五, たまふのとき扈從す、十九年七月二十八日、, 中納言秀康卿に屬して、景勝か押となり、信吉は佐野の居城をまもる、七年、おほせに, 兄富田信濃守, 元和八年二月十九日, 寛水系圖七年八月に作る、今の, 呈譜およひ駿府記にしたかふ, 勝ノ押トナ, 兄富田信高, 天明城ニ移, ノ事ニ坐シ, 結城秀康ニ, 屬シ上杉景, セラル, 所領ヲ沒收, ル, ル, 一七九
割注
- 寛水系圖七年八月に作る、今の
- 呈譜およひ駿府記にしたかふ
頭注
- 勝ノ押トナ
- 兄富田信高
- 天明城ニ移
- ノ事ニ坐シ
- 結城秀康ニ
- 屬シ上杉景
- セラル
- 所領ヲ沒收
- ル
ノンブル
- 一七九
注記 (28)
- 1685,760,85,2125位下、修理大夫に敍任す、文祿元年九月二十二日、所領の朱印をあたへらる、慶長五年、
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