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重りしかは、同心共腹立不斜、其事をうけかわぬ儀多かりしを、正純怒りて、右の同心, の外也、然るに正純奢りの餘りに、同心共に城普請のかへ下地杯結せ、如此類の非分度, へ落さることくになし、御湯殿は地形を穿ちて、水の能走る樣に拵へ、種と丁寧を盡し, けるか、奢りの餘り、大勢の大工を留置、宿所へ歸さす、普請の樣子不可他言旨、堅之申, 外より人の忍ひ入こと難成樣にいたし、御殿をも、大地震のために、天井をつりて、下, 配す、并根來徒同心二百人を附られ、高橋衆拜同心の高都合壹万三千石は、正純か領分, 共を、領知百姓の未進催促として、村之へ差遣し、兼こ百姓に申含置しかは、同心共不, 社參の時、宇都宮の城に御泊りの筈なれは、上野介餘りに入念、城外の堀にも菱を蒔せ、, 存寄所を搦捕て差出す、則二百人は勿論、其子共迄斬捨、宇都宮宿のはつれに塚を築, 付候ゆへ、職人の妻子共あこかれ、謀反の支度と申ふらし、雜説〓りになりぬ、爰に堀, 台徳公日光御, 市正利重は、大久保相州配流の時に、御勘氣を蒙り、, 埋ける、如此の積惡を以て、上野介天運盡果けるにや、元和九年、, けるか、此雜説を聞て大に驚き、宇都宮近邊に奧平美作守家昌か領知有之て、古河へ便, 宇都宮邊に蟄居し、大坂夏御陣に忍ひ登り、軍功を盡し、再宇都宮に歸り居, ○利重、大久保忠隣ノ改易ニ坐シ、奥, 正月十九日, ノ條ニ見ユ, 平家昌ニ預ケラルヽコト、慶長十九年, 御七囘, 忌也、, 雜説, 徳川氏ニ密, ヲ家昌ノ母, 堀利重雜説, 正純謀反ノ, 告ス, 元和八年四月二十日, 三四四
割注
- ○利重、大久保忠隣ノ改易ニ坐シ、奥
- 正月十九日
- ノ條ニ見ユ
- 平家昌ニ預ケラルヽコト、慶長十九年
- 御七囘
- 忌也、
頭注
- 雜説
- 徳川氏ニ密
- ヲ家昌ノ母
- 堀利重雜説
- 正純謀反ノ
- 告ス
柱
- 元和八年四月二十日
ノンブル
- 三四四
注記 (29)
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