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にや、, 〔台徳院殿御實紀〕, 綱仰を蒙りて、御肩輿に乘て歸る、供奉の人こ常のことく、人皆まことに將軍家と思へり、, ろ、江戸より御臺所御不豫のよし告來れは、宇都宮城に立よらせ給はす、急に御駕をいそか, また有し事にや、案るに、本多か宇都宮賜りしは、元和五年也、罪蒙りしは、同八年の九, 月なれは、此事は元和八年の四月、大御所七年の御遠忌にて、日光山へ參り給ひし時の事, 〔藩翰譜〕, し告申人有て、ひそかに城を御出あり、御供少こ召し具せられて、還御有、其時越中守定, 誰有テ、ソノ委細ヲシル人ナシ、, 四月十九日、御本地堂曼大茶羅供行はる、この日、山をおりたまひ、今市より出たゝせ給ふこ, 是よりして、かの家の肩輿の制、すこふる將軍家の御賜に似たりと、此事、いつの比そや、, の宇都宮の城を假の御座所に定めらる、城主本多上野介、旅の御もふけす、此人逆謀有よ, 越中守源定綱は、, トヲ御悦ヒナサレケル、偖世上ニテ、此度將軍家宇都宮ヨリ還御ノ樣子ヲ怪ミケレトモ、, 世に傳ふる所は、台徳院殿大相國、日光山へ御參詣還御の時、下野, トニカヽル、十月一日ノ條ニ收ム, ○下略、本多正純處罰ノ縁由ノコ, 松平久松, 五十, ○中, 略, 三, 六, 忠ノ肩輿二, 松平定綱秀, 乘リテ歸ル, 元和八年四月二十日, 三五一
割注
- トニカヽル、十月一日ノ條ニ收ム
- ○下略、本多正純處罰ノ縁由ノコ
- 松平久松
- 五十
- ○中
- 略
- 三
- 六
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- 忠ノ肩輿二
- 松平定綱秀
- 乘リテ歸ル
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- 元和八年四月二十日
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- 三五一
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