『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.164

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せり、, はひし末、リスボナに〓り、コンパニアの慣習に從ひて、四箇條の誓願を嚴かに宣言せ, 無くせられたり、されど其の報告のエリザベス女王に達するや、女王はスピノーラ家の, 救靈の爲め此の不撓不屈のキリストの働き手が日夜努力せしか、又如何なる勞苦と汗と, り、身内の人々は斯かる大洋の危險に二度と其の身を曝さざる樣激しく反對せしも之を, を以て彼の新たなる教會を開拓せしか、殆ど何人も信ずる能はざるべし、彼は又行儀は, 又メアコに於ても其他の地に於ても如何に熱情を籠めて己が世話に委ねられたる人々の, 極めて上品、應待は慇懃、會話は温雅にして、何人にも親切なりし爲め、屋内にても屋, せしめて解放すべき事を命じたり、スピノーラは斯くの如き順逆常無き運命の變轉を味, 高貴なる家柄に敬意を懷き居れるを以て、彼に好き待遇を與へ、且つポルトガルに上陸, 肯ぜず、彼はインドに渡航し、次でマカオに赴き、終に一六〇二年, 日本に於ては、當初は有家の里に於てキリストの信仰を説くに努めしが、其後七年に亘, 外にても常に人に愛せられ敬せらるゝ事甚大なりき、然れば彼は此の管區の監督の大任, りメアコ, に於て布教に努力せり、彼が如何に熱情を以て日本人の救靈に勵みしか、, 日本に到著, ○慶長七年, ニ當ル、, ○京, 都, 本ニ到著ス, 慶長七年日, 其ノ性格ト, 行状, 京都ニ布教, ス, 元和八年八月五日, 一六四

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  • ○慶長七年
  • ニ當ル、
  • ○京

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  • 本ニ到著ス
  • 慶長七年日
  • 其ノ性格ト
  • 行状
  • 京都ニ布教

  • 元和八年八月五日

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  • 一六四

注記 (28)

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  • 1399,681,59,2227はひし末、リスボナに〓り、コンパニアの慣習に從ひて、四箇條の誓願を嚴かに宣言せ
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