『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.476

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ク教徒等より大なる慈愛を施されしなり、, より、イタリア人として鄭重に遇せられ、且つ、兩人ともに我等の朋輩としてカトリッ, 状態と熱氣とに曝されて、甚しき衰弱と憔悴と、加ふるに重病の爲め、數百人在りし乘, はるゝ事よりも大なる、彼等のインド渡航に對する障害に遭遇せざらんが爲めなりき、, 損に依りてブラジルに難を避けたる間、彼等は、かの灼熱の空の下に燃ゆる大氣の靜止, されば、彼等は、己が身分を匿すに最も適はしき水夫の衣を纒ひて、リスボナに〓れ, り、同港に上陸せるは、彼等が此地より東方への船路に就きてより此方約二年後の、, れしが、彼等は孰れも之を望まざりき、そは、海上の時化よりも、將た海賊の手中に捕, 期間中に彼が行ひ且つ蒙りたる事柄に就きて殘す處無く述ぶるの必要あるべし、舵の〓, 偖て、スピノーラは後に如上の經驗を我がインドの修練期と稱へしが、我等は茲に其の, 茲に再び自由の身と成りて、彼等には、彼等をイタリアに運ぶべく數次の船便提供せら, 客の内、健康を保てる者殆ど十指に滿たず、彼は其の數に入らざりしかども、其の愛徳, の事なりき、, 「大なる苦難と實り豐かなる仕事の後リスボナに歸還せし事, 五九八年一月, ○慶長二年十一、十, 二月ノ交ニ當ル、, ナル出來事, 期間中ノ重, 印度ノ修練, すぼんニ〓, 英國ヨリり, ぶらじるニ, 於テ病苦ニ, 克ツ, ル, 元和八年八月五日, 四七六

割注

  • ○慶長二年十一、十
  • 二月ノ交ニ當ル、

頭注

  • ナル出來事
  • 期間中ノ重
  • 印度ノ修練
  • すぼんニ〓
  • 英國ヨリり
  • ぶらじるニ
  • 於テ病苦ニ
  • 克ツ

  • 元和八年八月五日

ノンブル

  • 四七六

注記 (28)

  • 1701,707,55,1043ク教徒等より大なる慈愛を施されしなり、
  • 1810,704,61,2222より、イタリア人として鄭重に遇せられ、且つ、兩人ともに我等の朋輩としてカトリッ
  • 406,699,61,2236状態と熱氣とに曝されて、甚しき衰弱と憔悴と、加ふるに重病の爲め、數百人在りし乘
  • 1231,704,61,2199はるゝ事よりも大なる、彼等のインド渡航に對する障害に遭遇せざらんが爲めなりき、
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