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鮭延越前は、最上義光の長臣にて一萬五千石領せしが、最上家亡びて後流落しけるが、, 家人を愛せし人なる故、流落しても猶未だ廿人の忠士從ひ居て、乞食をしても主を養ん, 鮭延ハ本ト佐こ木ヨリ出テヽ、越前守履歴ノ如キハ、吾亦審ニセスト語レリ、, 前は、其五千石を家士廿人に與へければ、各こ二百五十石也、越前、其廿人の家士に一, 古河の城下鮭延寺是也、, 日代りに養はれて生涯を送りぬ、越前死去の節、右二十人の家士、一宇を建立す、下總, 戸ノ大府ニ召シ出サル可キニ極リシヲ、適病ンテ沒セリ、是ニ於テ吾カ家再ヒ興ラス、, と云、土井大炊頭此事を聞て早速呼び迎へ、五千石を與へ客分として家に置る、鮭延越, ヲタツネシニ、彼レ曰ク、吾レハ越前弟ノ家ナリ、寛永中土井利勝公ノ推擧ニヨツテ江, 禪宗, 士數人アリ、, 下總國葛飾郡下河邊莊, 〔明良洪範〕九, 余嘗ツテ鮭延秀庵ト云町醫師ニ逢ヘリ、同姓ナルニ因ツテ越前守ノ事, 刺笏輪末大堤村正源山鮭延寺, 〔古河志〕一, 越前國, 永平寺末, 略, 元和八年八月二十一日, 三〇一
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- 越前國
- 永平寺末
- 略
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- 元和八年八月二十一日
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- 三〇一
注記 (21)
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