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おかれ候て、同四日ニ清須へ御歸、御まんそく也、其年は餘日無御座故、清須にて御年を, れ、信長二日三日岩倉の城ニ御座候て、こと〳〵く破却の御奉行被仰、犬山一城取こめ, あしかるをかけられ、いつものことく岩倉ゟもあしかるをいたし申、先手五人衆あしか, し候、一兩年中ニ出京仕、急度御奉公可申通御心得奉憑計無之候、朔日逗留、霜月二日, わき道より岩倉へむたいとのりこみ被申候、さきての五人衆われをとらしと先手をおつ, た被下、其外金子なと被下、萬里小路殿へ御返事不申候、態禁中樣へもことはにて申渡, 未明清須罷立、伊勢通歸京、關役所道家さはきをくり申也、霜月朔日かる〳〵と岩倉へ, 取、正月末ゟまき山御ふしん被仰、春中ニ小まきへ御うつり、犬山あけ進上申間、池, るよは〳〵とかけ申をみて、かつニのつれ、岩倉ゟ城をうちすて被出、信長御らんし、, 被懸候て、其近所ユとうぼらとて御敵城へ御手遣被成、一刻ニせめおとし、三月半ニ森, たて、信長と一所こなる、岩倉殿はたか城成、御わひ事被申、其日夜ニ入候て、犬山へ, 二左衞門尉東美濃へ手遣、金山と申城のつとり、三左衞門尉居城とかまへ、其外城〻あ, 田勝二郎ニ被仰、永祿六年三月上旬、みのゝ國の内うるまの北ニ、さるはみと申所取出, のかれ候、大くぢはくろ・がくてん御わひことかうさん申、前〻のことくたてをかさ, 元和八年九月二十六日, ニ清須ヲ發, 十一月二日, ス, 元和八年九月二十六日, 一三〇
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- ニ清須ヲ發
- 十一月二日
- ス
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- 元和八年九月二十六日
ノンブル
- 一三〇
注記 (20)
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