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へなるへし、相國樣御蜜意を左京亮にしか〳〵と仰セ渡されし時、左京亮畏て岩城に立歸、, 雜兵四千餘にて發行す、出立の美こ敷事述かたく、見物に來る者夥し、左京亮は先達而、, 進物、内外の取込、言語に絶たり、, 介に仰付候間、畏て急き宇都宮に行て、家人共を催し、綺羅を飾すくり、揃へ士三百騎、, るゆへ、宅には毎朝諸大名・御旗本衆の見廻は、上の御玄關の禮日ゟは夥しく、諸方ゟの, 執成有て御取立也、雅樂頭忠信深き故ならすや、かく一同に肩を並へ給ふも、雅樂頭奢の, 心なく、謙退の志深き故なり、上野介は左はなく、父の奉公を鼻にかけ、權勢に募られけ, 子細を知人なし、所替の用意相調、家中者共を引越しむ、山形の城引渡し、上使本多上野, へき事なり、大炊頭は甚三郎と云し御兒性也、生質好所有を能見付、〓に雅樂頭御前にて, 州岩城八萬石を御加増有、二十四萬の身上と成も、偏に親父彦右衞門尉元忠拔群の忠功有ゆ, 山形に來り、上使を待請る、町屋は悉く借り塞て、上使の宿所其外二三軒の家宅ならては, 程なく, 羽州山形缺國なれは、鳥居左京亮忠政に賜る、, 大藏少輔肩を並進する、尤定たる格式なから、折節は、御老功の雅樂頭なとゝは、同道有, 上野介に、御目見仰付られ、常よりは御懇意に官位迄賜り、舍弟大隅守も御加増有、此時, 舊領奧, ○中略、秀忠、日光ヨリ歸還ノ途次、宇都宮城ニ館セシ, モ、遽ニ出立セシコトニカヽル、四月二十日ノ條ニ收ム、, ○幕府、鳥居忠政ヲ出羽山形ニ移シ、二十萬, 石ヲ與フルコト、九月二十九日ノ條ニ見ユ, 權勢秀忠ヲ, 凌ガントス, 元和八年十月一日, 八六
割注
- ○中略、秀忠、日光ヨリ歸還ノ途次、宇都宮城ニ館セシ
- モ、遽ニ出立セシコトニカヽル、四月二十日ノ條ニ收ム、
- ○幕府、鳥居忠政ヲ出羽山形ニ移シ、二十萬
- 石ヲ與フルコト、九月二十九日ノ條ニ見ユ
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- 權勢秀忠ヲ
- 凌ガントス
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- 元和八年十月一日
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- 八六
注記 (24)
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