『大日本史料』 12編 60 元和九年正月~同年二月 p.297

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寄にて疵をかうふる、慶長五年、正成、宇喜多中納戸秀家の勘氣をかうふりて、其, 盛が領地にをかしめたまふころ、石田治部少輔1三成謀叛をくはたつ、長盛、三成と, 同意の故に、正成、長盛が領地をさりて、高野山にのほる、關か原合戰落〓、三成, 家をたちさる、東照大權現、増田右衞門尉長盛に其目を尋とはせ給ひて、正成を長, 伏誅の後、大權現、正成をめし出されて、備中の國猿懸の地にて六千石をたまはる。, 自級を得たり、又朝鮮の切可・音州・南門の三城におゐて、あまたの敵をうつ、切, 慶長十九年、大坂陣の時、正成ならひに子千次・正盛供奉いたし、備前嶋にいたり、, 日、死す、六十九歳、法名宗悦、, 仁和守切口に出張して、敵兵を追しりそけ、つゐに備前嶋をとる、元和九年二月八, 〔寛政重修諸家譜〕〓花房, 六千石ヲ賜, リ備中國, 去ル, 宇喜多家ヲ, 徳川家康「, 大坂陣二牡, 平ス, 〓和九年二月八日, 二九七

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  • 六千石ヲ賜
  • リ備中國
  • 去ル
  • 宇喜多家ヲ
  • 徳川家康「
  • 大坂陣二牡
  • 平ス

  • 〓和九年二月八日

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  • 二九七

注記 (19)

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  • 788,400,30,1086盛が領地にをかしめたまふころ、石田治部少輔1三成謀叛をくはたつ、長盛、三成と
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