『大日本維新史料 編年之部』 1編 2 弘化3年6月~同年9月 p.479

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と聞傳へしつは、水を汲て二階へ持はこひ上ケ抔して、漸くに夜のあ〓ゝれども、水はさ, 二郷半領葛西領は御料所のみ故、御代官方早速に被相越、老人子供を取のせ、馬喰町郡代, 人〻心をやすんじ々る、さきと權現堂近村乃枝川の土手所〻きれ込み候よし、またきれ水, 夜もとけ〳〵と寢らす、折〳〵二階より下りて水のやうすを見抔し々る、三日になりて權, 方へ、人〻思ひ〳〵に立退かする其混難大方ならす、其外二階ある家〻にて凌かんとする, 屋敷へ御引取ニ相成候人數凡八千餘人、馬喰町旅籠屋共え夫〻御割付御預に相成、數日の, 現堂堤乃きれたりと風聞としは、虚説にて、水防行屆切れ水にはならざるよし承り、漸く, 米共船に積、御〓しに相成、小高き寺院抔にて焚出し窮民を御救被下、其外急夫食と申候, 財を取片付〓にことならす、殊こは天明の度洪水のせり、井戸へ惡水入て呑水にこりし, 間食事焚出し被仰付、御扶助被成下候、其外二郷半領葛西領村〻え、呑水を樽に詰め飯, してましもとす、朔日・二日の兩日、水の押來るろと案し居はるに、水は左程にまさねとも、, に不相成以前に、公儀御船手より、追〻に利根川筋中川筋へ御船七百餘艘こ〓のぼせ、, 人〻は、座敷勝手の諸道具を、夫〳〵二階に片付疊を引あくる抔する体たらく、急火に家, て、人別に飯米を被下置、其後に至り、高割を以、種物み米穀御貸渡有之、是は五ケ年賦返, 居しことなれは、晦日夜半ゟ朔日に至り、老人子供をは、兩國大川向の縁者又はし〓だの, 弘化三年七月是月, 四七九

  • 弘化三年七月是月

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  • 四七九

注記 (17)

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