『大日本維新史料 編年之部』 1編 4 弘化4年2月~同年3月 p.748

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の所、寡君にも如何致し公私し用を辨せられ候事すと、痛心此事ニ限り申候、久しく節儉, 計らひ次第、此天災の却て此地方の幸となるましきにも無之候へとも、是は其人ありて後, たに〓詰の領分ニて、有餘も無御座候上ニ、此兩度し大變にて、莫大し耗費出來上り、此上, 御座候所、幸ニ夜半頃、急に減水仕、銘〻安心仕候ひキ、乍去領内み損失多分こて、左なき, て、萬事齟齬仕、嘆はしき事ニ御座候、智者はよく〓を轉して福と成すと申候へは、此末の, 外隍へも水押入候て、今二三尺も水嵩増り候て、寡君ニも立退き被申候はんと申、手配こ, の義、先は拙手し碁持ろ誤りて、大損を致し候とて、直樣上手ニ成の手候と同樣、都て今迄, に破れ、川中島・川北・川東とも一圓の洪水ニ相成、田畑並に人家の流失夥しく、既に城の, とも、如何とも仕るへき樣無之、, を主とし、冗費を省き候樣ニ心掛られ、少しく文武し資も出來候時節に至り、此大變災に, の手振りろ手振ニ候故、此末とても一段上の手は打て申ましくと透見仕居候事ニ御座候、, 位の事に御座候所、都合十九日にて、四月十三日夕七ツ時過、其關留の備二ケ所とも一時, 唯水下急難除の普請を漸と仕候, 用ひ候ハゝ、少しく盆も御座候まと愚意なと申候へとも、其迸發の響にて、, 其餘の山も崩れ候まなと申論出候て、其議も遂ニ空しく止み候ひキ, を以吹割候とも、手段付可申候へとも、高サ三十間・長サ十丁計・幅四十間, 程の所一ケ所、高サ二十間・長サ五丁程・幅五十間の場一ケ所二て、尤幅は水道をつけ候計りにてよろしく候へとも、, 高サ・長サいかにも多分二て、夫も平日無事の時ニ候へハ、夫役人足も相應ニ出し方御座候へ共、領内一統潰家も多く, 拔落候場所も多分し事ニ無之候へハ、人力を以堀割候とも、又は火藥の力, め仕候位の義にて積り見候處、貯の火藥の上ニ、近邊の火藥を買集め候ても、中〻引足不申、乍去人力と火藥と兩樣兼, 死傷も夥しく、人〻自ら救ひ候に遑なき折の事ニ付、人足も多分ニハ出か〓、又火藥も小生歸藩後、漸種硝の法を手始, 下流洪水ト, 關留決潰シ, 四月十三日, ナル, 弘化四年三月二十四日, 七四八

割注

  • 用ひ候ハゝ、少しく盆も御座候まと愚意なと申候へとも、其迸發の響にて、
  • 其餘の山も崩れ候まなと申論出候て、其議も遂ニ空しく止み候ひキ
  • を以吹割候とも、手段付可申候へとも、高サ三十間・長サ十丁計・幅四十間
  • 程の所一ケ所、高サ二十間・長サ五丁程・幅五十間の場一ケ所二て、尤幅は水道をつけ候計りにてよろしく候へとも、
  • 高サ・長サいかにも多分二て、夫も平日無事の時ニ候へハ、夫役人足も相應ニ出し方御座候へ共、領内一統潰家も多く
  • 拔落候場所も多分し事ニ無之候へハ、人力を以堀割候とも、又は火藥の力
  • め仕候位の義にて積り見候處、貯の火藥の上ニ、近邊の火藥を買集め候ても、中〻引足不申、乍去人力と火藥と兩樣兼
  • 死傷も夥しく、人〻自ら救ひ候に遑なき折の事ニ付、人足も多分ニハ出か〓、又火藥も小生歸藩後、漸種硝の法を手始

頭注

  • 下流洪水ト
  • 關留決潰シ
  • 四月十三日
  • ナル

  • 弘化四年三月二十四日

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  • 七四八

注記 (27)

  • 767,669,69,2229の所、寡君にも如何致し公私し用を辨せられ候事すと、痛心此事ニ限り申候、久しく節儉
  • 419,666,69,2231計らひ次第、此天災の却て此地方の幸となるましきにも無之候へとも、是は其人ありて後
  • 884,666,68,2227たに〓詰の領分ニて、有餘も無御座候上ニ、此兩度し大變にて、莫大し耗費出來上り、此上
  • 998,657,68,2235御座候所、幸ニ夜半頃、急に減水仕、銘〻安心仕候ひキ、乍去領内み損失多分こて、左なき
  • 534,671,70,2219て、萬事齟齬仕、嘆はしき事ニ御座候、智者はよく〓を轉して福と成すと申候へは、此末の
  • 1123,659,68,2222外隍へも水押入候て、今二三尺も水嵩増り候て、寡君ニも立退き被申候はんと申、手配こ
  • 302,670,69,2225の義、先は拙手し碁持ろ誤りて、大損を致し候とて、直樣上手ニ成の手候と同樣、都て今迄
  • 1239,667,68,2220に破れ、川中島・川北・川東とも一圓の洪水ニ相成、田畑並に人家の流失夥しく、既に城の
  • 1832,659,60,792とも、如何とも仕るへき樣無之、
  • 651,667,69,2225を主とし、冗費を省き候樣ニ心掛られ、少しく文武し資も出來候時節に至り、此大變災に
  • 185,675,71,2211の手振りろ手振ニ候故、此末とても一段上の手は打て申ましくと透見仕居候事ニ御座候、
  • 1361,658,70,2232位の事に御座候所、都合十九日にて、四月十三日夕七ツ時過、其關留の備二ケ所とも一時
  • 1488,2092,61,800唯水下急難除の普請を漸と仕候
  • 1510,659,50,1415用ひ候ハゝ、少しく盆も御座候まと愚意なと申候へとも、其迸發の響にて、
  • 1466,654,47,1296其餘の山も崩れ候まなと申論出候て、其議も遂ニ空しく止み候ひキ
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  • 1747,654,53,2209程の所一ケ所、高サ二十間・長サ五丁程・幅五十間の場一ケ所二て、尤幅は水道をつけ候計りにてよろしく候へとも、
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  • 1868,1491,49,1391拔落候場所も多分し事ニ無之候へハ、人力を以堀割候とも、又は火藥の力
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